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Author:深沢千尋
みなさんこんにちは、深沢千尋です。(公式ページ
文字コード【超】研究 改訂第2版NEW!」「すぐわかるPerl」「すぐわかる オブジェクト指向 Perl」の著者です。
ここでは、多くは技術的でないこと、ごくまれに技術的なことをなげやりに書いていきます。
メールは suguwakaruPerl@gmail.com まで。(アットマークは ASCII に)
Twitterはじめました。@query1000です。よろしく~

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勉強嫌いの人の気がしれない

benkyou.gif

学校の勉強ごとが結構好きであった。
今でも参考書とか見るとワクワクする。
あなたの本は学習参考書みたいですねと言われたことがあるが、望むところだし、褒め言葉と受け取っている。
くだけた学習参考書が好きで、一番好きなのが「国文法ちかみち」というやつと「なべつぐのあすなろ数学」というやつだ。
「なべつぐ」の方は今も自分で本を書く時の下敷きになっているような気がする。

「いい学校に入って将来ラクをしたいから勉強する、とか、先生のウケをよくしたいから勉強する、というのは不純で、知識/教養は役に立つから勉強は必要だ」という議論があるが、それもまだ不純だと思う。
勉強はそれ自身楽しいからするのである。
役に立たないことがまた楽しい。
年号の覚え方とか楽しい。自分で考えると楽しい。
こんなことを書くと変わり者と思われるか、ウケを狙っていると思われるかもしれないが、本当だからしょうがない。
じっさい電車の中で「脳トレ」とか「漢検ドリル」とかしている人がいる。
あれ明らかに勉強好きではないだろうか。

ビックリマンカードとか駅の名前とか、子供は覚えることが大好きだ。
あれは勉強以外の何者でもない。
子供のみんな!(読んでないか???)勉強はオタク的な関心を持って、それ自身を楽しんでするといいよ。

ヘンな知識が出てくると盛り上がる。
「テニスコートの誓い」とか、「ぞなんやかこそけれ」とか、有名どころではイオン化傾向とか余弦定理とかである。
あれは覚えておくと大人になっても宴会芸で盛り上がる。そういう意味では役に立つ。

教師嫌い、あと学校というシステムが嫌いなのは仕方がない場合もある。
しかしそれと、勉強嫌いを混同してはいけない。
学校と言うのは教師が答えを知っているクイズを無限に出しているような構造である。
クイズ番組で司会者はスターではない。
スターは回答を知らないバカ回答者の方である。
スターは君たちだ!(大丈夫か俺?)
よく、自分が答が載っているアンチョコ教科書を持っている立場の強さを権力とカン違いして、親が払っている税金や授業料で雇われているくせに客である生徒をかさにかかっていじめている教師がいるが、そんな教師に当たったからと言って学問の崇高な楽しさがいささかも損なわれるものではない。教師がたとえいやな奴でも、勉強は勉強でやればいいのだ。昔の学者は面白い人が多かったらしいよ。
ぼくはよく休みの日にヒマだったので部屋で教科書を読んでいて、通読してしまっていた。
それでそこそこ点が取れたこともあったものだ。

まあしかし、今思うと成績は悪かった。
あそこまで勉強好き風の言動、生活をしていたのだからもっと成績がよくてもよかった。
でも別に成績が悪くても勉強好きならいいんじゃないだろうか。
今思うともう1回勉強したい。
学生は昼日中から酒も飲まずに「織田信長が」とか「太陽系が」とか言っている。
あんないい身分はない。
体育も楽しい。大人になってからスポーツクラブに入るとすごいお金取られる。
俗悪な教師の雑言と、あと成績さえ気にしなければ、学校はパラダイスである。

よく「ガリベン野郎はぶっとばせ~」みたいなアニメの主題歌があるが、ウソ八百である。
アニメの主題歌を書くような人はみんなそこそこ学生時代に勉強している。
あれはマーケティングを計算して俗ウケするような歌詞を作っているのだ。
本気にするのはバカである。

もっと奥深い陰謀的なものを感じる。
前にも紹介した「アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない」によると、アメリカ人の、それも白人エリートの多くはキリスト教原理主義の一流派である「福音主義」に則って、神の言葉たる聖書以外の情報は触れずに済ませるのが正しい、と思っているそうである。
具体的に言うと進化論を教えてもらえない。
(進化論が正しいかどうか知らないが、教えてもらえないのは問題だ)
その結果ごく普通の裕福に暮らしている人が本当に何も知らない、いわゆる「羞恥心」状態だそうだ。
詳しくは上の本にて。

で、そのもっとマイルドなのが日本人の勉強蔑視、よく聞く「学校の勉強なんかよりももっと大切なことがあるんじゃないか」的な考え方ではないかと思うのだ。
つまり、一般庶民が下手に学問を覚えると面倒なことになると思っている組織の陰謀があるのではないか。

学校の勉強は本当に役に立つことは教えてくれない。
具体的に言うと今ニュースでやっている強行採決とはどういうことなのか、消費税とはなんなのか分からない。
暫定税率なんてなんですか、という話である。
株とか債権とか投資信託とか夢の世界である。
そこまで高尚な問題でなくても、アパートを借りるときに賃貸契約書に書いてある言葉が分からない。
ああいうの教えて欲しい。
具体的には法律、契約、ゼニに関することを教えてもらいたい。
石器時代がどうとか、そういうのは本当に勉強が好きな人が大学に入ってから好きでやればいいんじゃないだろうか。
例の「夜こっそり埋めて昼改めて発見し直した人」のせいで教科書を大幅に書き直さないといけなかったそうじゃないか。
物理は微分と力学をバラバラに教えるが、あれは大変だ。
大学に入ってから力学を微分で教え直す。二度手間だ。
国語の教科書は、友達を裏切ったら首を吊って死んだとか、温泉旅館に行ったら窓のところでハエが死んでいたとか、おばあさんが吹き溜まりで死んでいる死人の髪の毛を抜いてお金にしているとか、穴から出られなくなった山椒魚が腹いせに蛙の自由を奪うとか、なんでああいう暗い悲しい話ばっかり載せるのか。
ああいう話の味が分かるのは中年になってからである。
そういう話ばっかり選んで載せるのは、本を自発的に子供が読まないようにしようという国家的陰謀ではないか。
本屋にはもっと血沸き肉踊る本がいっぱい置いてある。
しかるに、そういう本を読んでいたら勉強をする時間がなくなって成績は下がるわけである。
青春は読書だなんて嘘っぱちだ。
体育はもっと実際的な救命活動を教えた方がいいのではないか。
これはテレビでやっていたが、服を着たまま水に突き落とす着衣泳というのがあって、これがなかなかできないそうだ。
クロールとか平泳ぎとかバタフライとか、オリンピック選手になる練習は才能のある子が部活でやればよい。
まず「本当に海に落ちたらどうやって助かればよいのか」を教えるべきではないか。

こうやって考えると、勉強なんてあんなもの何の役にも立たないよと口癖のように言う人が世間に多いのも当然だという気もしてきた。

※ちなみに「山椒魚」について念のためWikipediaで調べたら、面白いことが載っていた。我々が慣れ親しんでいるあの「山椒魚」のラストは、なんと1985年にバッサリ削除されていたそうである。へー。
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テーマ : 思うこと - ジャンル : 学問・文化・芸術

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