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みなさんこんにちは、深沢千尋です。(公式ページ
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ここでは、多くは技術的でないこと、ごくまれに技術的なことをなげやりに書いていきます。
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いい人ぶってみる

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よく「なんだよ、いい人ぶって」という言い方があるが(ここまでストレートに言われることもまあないが)たまにはいい人ぶってみたほうがいいと思う。少なくとも悪い人ぶるよりは全然いい。

たとえばよくやるのが、空き缶が町に捨ててある。転がっているのもあるが、駅の手すりとかに「どうぞ」みたいな感じでポツンと置いているのである。あと電車の中で転がっている。あれはイライラする。ああいうのは堂々と取って、ゴミ箱に捨ててやる。都会ではゴミ箱がなくて難儀だが、空き缶のゴミ箱は自販機の横にセットしてあるので結構見つかる。

遠くに転がっているのを歩いていって拾ったほうがいいか、いつも歩くときは目を皿のようにして缶を探したほうがいいか、だが、どちらもしないでよいと思う。「できる範囲で」やること、それも、そのハードルを思い切り下げるのがコツだと思う。本物のいい人になる必要はない。要は自己満足のための欺瞞である、偽善であると割り切って(ことさらに偽悪的に偽善を強調する必要もないが)ラクな範囲でやった方ができるものだ。

効用としてはどうしようもなく気分がよくなるし、世の中もよくなる。本当にちょっとだよ。でも悪くなりようがないじゃないか。

くれぐれもやりすぎに注意した方がよい。ちょっとでも大掛かりになってくると計画性が必要である。たとえばタバコの吸殻を拾うおばあさんというのがいて、自宅のゴミ箱に拾った吸殻を捨てたら火が出て、両隣も合わせて大火事になったそうだ。

あと、本を立ち読みをして、良さそうだなと思ったら、自分および先客が折りじわを付けた汚い本を避けて、2冊目を買うことが多いと思う。少なくともぼくはそうしていた。が、最近はここをあえて1冊目を買う。別にちょっとぐらい折りじわがあっても、ぼくなんか本は読み急いで読み捨てる方なので、どうせすぐシワだらけになったり、スパゲティを食べながら読んだりしてオリーヴオイルだらけになるのだ。だったら次の人にキレイな本を譲った方がよい。ボロボロの本が「見本」のように置いてあるから立ち読みが横行するので、ボロボロの本を買って除いてやると立ち読みの防止に、なるかどうかわからないが、少なくとも立ち読みの奨励の防止にもなる。立ち読みが減れば、本屋が使いやすくなる。

セコい。あまりにも小さな話である。こんなことぐらいで道徳家を気取るのは本当にセコい人間だと思う。でも自己満足でやってるんだからそれでいいと思う。

先日どこかのサイトで読んで、なるほどと思ったのは、信号は青になるまで待つ方がよいという話だ。どこのサイトか忘れてしまった。スミマセン。

あの信号というの、本当にイライラする。道路は本来歩行者のためのものなのに、来もしない車のことを考えて寒空に震えて待つ必要があるだろうか。そう思って、つい先日までどんどん赤でも渡っていた。車が突っ込んできて急ブレーキを掛けても、ああがんばって急ブレーキを掛けてくれればいいやと思っていた。

でも一昨日当たりから方針を変更して、青まで待つことにした。

よく考えたら、誰が見ているか分からない。通俗的な議論になるが、子供が見ているかもしれない。アーあのおじさん赤でも渡っている、信号なんて別に守らなくてもいいんだ、ということになる。親が子供に信号は守りなさい、と言ってるのに、その親の面目をつぶすことになる。「世間には本音と建前があるものだ」「大人は子供に決まりを守れと口うるさく言うが、自分では守っていないのだ」ということを、いや、それが事実なのだが、その事実を過剰に広めることになる。家庭崩壊、学級崩壊を引き起こすことになる。で、そういう子供が大人になって、たまたま頭がよくてイイ大学を出たりして、ナントカ法人をでっち上げて税金を悪用したり、野菜の産地偽装や賞味期限偽装をしたりするのだ。モラルハザードだ。最終的に自分の身に災厄が降りかかってくるのである。逆に安心社会だと人は警戒をゆるめて本業に集中できるので、経済が上向き、みんな最終的に得をするのではないか。

だったら信号ぐらい待ったほうがよい。ぼくの場合iPodで英会話や落語を聴いているので、時間はムダにならない。

いや、別に法律至上主義じゃないので、ここぞというときはぼくだって法律違反ぐらい犯すかもしれないし、マナー、マナーと言って小うるさいことを言う人が威張っている社会もイヤだが、他人はどうあれ、まずは自分が簡単に守れる法律ぐらい、気が向いたら守ってやってもいいと思うのだ。

読み返してあきれるほど薄っぺらな内容だが、最近こんな風に思うことがある。
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