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深沢千尋

Author:深沢千尋
みなさんこんにちは、深沢千尋です。(公式ページ
文字コード【超】研究 改訂第2版NEW!」「すぐわかるPerl」「すぐわかる オブジェクト指向 Perl」の著者です。
ここでは、多くは技術的でないこと、ごくまれに技術的なことをなげやりに書いていきます。
メールは suguwakaruPerl@gmail.com まで。(アットマークは ASCII に)
Twitterはじめました。@query1000です。よろしく~

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ちょっと話しにくい

文章を書く人であれば誰でもそうだと思うが、ぼくは可能な限り分かりやすく書きたいと思っている。
サッと読んでサッと分かってもらいたい。
いや、こちらとしてはそう思っていても、結果として読みにくい文章かもしれないが。
理想を言えば、空気のように、そこに文章が介在していることを読者に忘れさせるぐらいの勢いで書いて、内容をダイレクトに読者の脳に入力したいと思う。

ブログは、いやらしい話だがお金を取っていないし、まいばん寝る前に眠い目をこすりながら書いているので、多少なぐり書きである。
ときどき前の日のを読み返して、自分でも何を書いてるか分からない時もある。
どうもスミマセン。
しかしながら、気持ちの上ではなるべく分かりやすく書きたいと思うし、お金を取っている本は死ぬほど推敲している。

で、気にするのは、漢字で書いたり、ひらがなに開いたりすることだ。
結構うるさく気を使う方である。
ここで気にするのは、この言葉は漢字で、この言葉はひらがな、と原則を決めて書いたり開いたりすることでは「ない」。
文章の切れ目がどこか分かりやすくすることである。

たとえば、「最近思うのが」のように「最近」と「思」と3文字連続で漢字が来るのが気になる。
「最近思」という「同一視」や「先見知」のような3文字の熟語があるように、いっしゅん誤解されるのがイヤなのだ。
この場合、「最近おもう」と書くか「さいきん思う」と書くかであるが、副詞をひらがなで書くほうが分かりやすい気がして「さいきん思う」と書く。
こう書いても出版社には直されるパターンが多いし、対決する元気も最近はなくて直させるままにしてしまうこともある。
しかしながら、気持ちとしては文節で分けたい方だ。

逆に「分かる」とか言う言葉は、昔は大和言葉はひらがなで書くのが本道だと思って「わかる」と書いていたが、最近は漢字で書く。
「どこかわかりやすくする」のように11文字ひらがなが続くのを嫌うのである。
漢字を適当に入れると目にやさしい。

「切れ目がどこか分かりやすくする」という文の場合は「文章が、どこか分かりやすくする」のように読点を入れた方が文節の切れ目が分かりやすいという気もする。
しかし、この読点は入れないことが多い。
音読すると「文章が、どこか分かりやすくする」のようには切らないからだ。
「切れ目がどこか」という言葉は、「ピッチャーを代えるかどうか」のように、一続きに読まないと分かりにくいと思うのだ。

「内容をダイレクトに読者の脳に入力したいと思う方である」という文は、普通に話し言葉で言うときは「内容を直接読者の」という風にあえてカタカナ言葉を使わないと思う。
でも、「直接読者」と漢字が続くのを書くとき嫌う気持ちの方が強い。
「直接話法」のような4文字熟語と誤解されるのがイヤなのである。
「内容を直接に読者の」と助詞を補えば切れるが、この言い方はあまりにも古めかしい。

いや、そんなに気を使わなくても、普通の読者であれば読んでいて分かる。
でも、漢字の連続や、ひらながの連続を多用すると、誤解されたイメージがいったん頭に湧く。
そういう見えない負担が蓄積されて、分かりにくい文章になるのではないか。
ヒマのある人がゆっくり読むものであれば、あえて読みにくい書き方をしても許されると思っているが、そうでない限りは、分かりやすく書きたいと思っている。

上の「ヒマのある人」や、「イヤなのだ」のように、本来漢字で「暇」「嫌」のように書けるところをカタカナにするというのも割と励行する方だ。
これは年代的にかなり古い書き方だが、読みやすいと思うので使ってしまう。

どうしようもないときはカギカッコ「」を使う。

>この植物のトゲは釣り針のように「かえし」があって抜けにくい・・・

のようにすると、長いひらがな語も視覚的に漢語化出来るのだ。
ただし、最近カギカッコを多用すればするほどアタマが悪い人がもっともらしい文章を書いているという説を目にし、確かにそうだと思った。

>つまり「日本での」この作者の「ありよう」を決定する「物の言い方」が・・・

ああイライラする。こういうカギカッコはたまに書きそうになるので注意しよう。

さて、困るのが「今日以外は」とか「この本以外は」というときの「以外」という言葉である。
名詞のあとに助詞も読点も補えないし「いがいは」と開くのは気取りすぎである。
これは妥協するしかないが、ものすごく使う言い方なので気になる。

で、もっと困るのが「話(はなし)」という名詞である。
「今日xxさんと会いましたよ」
「おお、あの話しましたか」
みたいな文であるが、気持ちとしては「あのハナシしましたか」なのである。
でも「あのハナしましたか」という変な文のように取られる。
この場合はルビを振りたい方であるが、ウェブやメールであればやりにくい。
「ハナシ」とカタカナで書くのもやりすぎな気がする。
「あの話をしましたか」と普通は助詞を補うだろうが、本当はそうは言わないし、厳密にはニュアンスが違ってくるように思うのだ。
あまり使わない言葉なら気にしないが、この言葉もけっこう使うのである。
困る。
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