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深沢千尋

Author:深沢千尋
みなさんこんにちは、深沢千尋です。(公式ページ
文字コード【超】研究 改訂第2版NEW!」「すぐわかるPerl」「すぐわかる オブジェクト指向 Perl」の著者です。
ここでは、多くは技術的でないこと、ごくまれに技術的なことをなげやりに書いていきます。
メールは suguwakaruPerl@gmail.com まで。(アットマークは ASCII に)
Twitterはじめました。@query1000です。よろしく~

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穢れ

時事だが、お相撲さんが大麻を所持しているということで逮捕された。
親方は引退届を出すように言い、お相撲さんは従って引退した。
その時親方が「土俵が穢れるから」と言っていたのが気になった。

土俵は神聖な場所で、力士はすべて清らかな人間の集まりである、ということだろう。
仮に他の犯罪を犯した人が職場なり学校なりにいたとして「職場(学校)が穢れるから」出て行くように、というのはずいぶん強烈な言い分だと思う。
あいつはバイキンがついている、あいつと遊ぶとバイキンがうつる、だから仲間に入れてやらない、というのは子供のいじめの中でも最も陰湿で強力なものだが、それに等しいものを感じる。

昔マンガ家の小林よしのりの事務所で働いていた女性がストリップの仕事をしていた、と「噂の真相」という雑誌が報道したことがあって、女性が職場にいられなくなったことがあった。
その時小林よしのりのマンガ「ゴーマニズム宣言」に「日本人は汚れたことをした人は穢れていて、排除されるべきである」という「穢れの思想」がある、と書いていて感心したことがある。
まあ、ストリッパーの仕事をしたから人間が穢れるとは思わないし、元ストリッパーの女性が事務所に働いていても別に楽しくていいなと思うし、雑誌に取り上げられても特にかまわないと思う。宣伝になっていいわ~とぼくなら思うと思う。

たしかに知り合いに人殺しをした人がいたら、前と同じ付き合いかたはしにくい。
(このテーマで身を守るために強盗を殺してしまった人のその後の一生を描いたパトリシア・ハイスミスの非常に苦い味わいの短編があった)

しかし大麻所持である。大麻を「持っていた」。しかも大麻ってタバコや酒とどれだけ違って悪いのかよく知らない。それだけでお相撲さんの百何キロの肉体が魔法のように一生消えない「穢れ」が染み付いてしまい、お前は汚いから土俵に上がるな。そんなにお相撲さんが偉いのか、土俵が神聖なのかという反感を持つ。
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テーマ : どーでもいいこと - ジャンル : その他

ゴマ油うがいはすごいよ!



こんなブログ、役に立つことが書いてあるときとそうでもないときがあって、でも書く方はいつも役に立つことを書きたいと思っているのだが、今日は自信がある。

風邪の予防に嗽(うがい)ということをする。
治療にもする。
これ、多くの場合風邪の黴菌(風邪は菌ではなくてウィルス)を除菌消毒すると言われているが、そうではなくて風邪のウィルスは表面に棘があって乾燥した喉にくっつくから、潤すことでそれを防ぐ意味が大きいらしい。

で、ゴマ油嗽である。油は水よりも強力に喉にくっつく。潤いが長持ちする。
一回やってみるといい。咳が激減する!

以下はいろんなサイトを渉猟して得たデータである。
分量としては大匙1杯ぐらい。加熱されてない太白胡麻油がいいそうだ。
嗽する前に歯を磨いて、あと舌も磨いて口の中の汚れを取っておくとよいらしい。
確かに口の中に汚れがある状態でこれをやると気持ち悪そうである。
油は事前にレンジで温めるというサイトもあるが、ぼくは特にやっていない。
で、口の中に油を入れて、口の中でくちゅくちゅ、喉の中でガラガラして油を出す。
これ、洗面台に出すと掃除が大変だし排水溝が詰まるので、丸めた古新聞に出して燃えるゴミに出せばよいと思う。

しかし思った。
潤えばいいのだから、飲んでもいいのではないだろうか。
飲んだ方が奥まで潤うような気がする。
その場合はカロリーが心配なので、小さじ一杯でよい。

化学療法でも、生物学療法でも、ホルモン療法でも心理療法でもなく物理療法である。
もっと飲みやすくてカロリー、コレステロールにも配慮した風邪の日に飲む用のオイルを小林製薬が(で、なくてもよいが)作ってくれればいいと思う。
ということで、風邪にはゴマ油。おすすめ!



鼻にも油が利く。
上記は花粉症対策用のワセリンで鼻孔に塗る。
ごく軽い花粉症対策で、効く人と効かない人がいるようだが、ぼくはすごく効いた。
普通の風邪予防、ハウスダスト対策にもなると思う。
結構オフィスって、机の下のケーブル周りとか埃が充満している。

あと、汚い話だがハナクソを取るときに普通の乾燥した手で取ると、傷ついてかさぶたになってしまうことがある。
これは事前にオリーブオイル(医療用のものを使っている)を塗ってやわらかくしてからぬるっと取った方がマイルドだ。

ゆるハック:MS-IME のキーボード操作

Windowserの多くがMS-IMEを使ってかな漢字変換をしながら作業をしていると思う。
それで十分快適だから、Natural なんとかインプットというのは切って作業していると思う。
あれ使いこなしている人いるんだろうか。
乗り換える価値があるなら教えて欲しいものだ。

昔はサーバー側でSKKというのを使っていた。
たまごの時代が来て、かんなの時代が来てもSKKで通していた。
人間は習慣の奴隷である。

さて、さっき人とチャットしていたら「友達の弟がハワイで挙式したんです」と言われたので、咄嗟に時事ネタで「その弟さんってハイパーメディアクリエイターですか。」と聞くと、向こうも同時に同じことを思って「念のためハイパーメディア栗えいたーではありません。」と帰ってきた。
わずかだが変換に差がついた。

これ、カタカナ変換は未変換状態でCtrl+Iを押下するというのをぼくは知っていて相手は知らなかった。
これ本当に知らない人は知らない。
[F7] より近いので使ったほうがよいと思う。
ちなみにCtrl+Uだとひらがなに、Ctrl+Pだと英字に、Ctrl+Oだと半角になる。
Shift_JISコードを入力して[F5]を押すと漢字が出るというのはCtrl+Yで行くようだがあまり用途がない。
他にもいろいろある。

ちなみにCtrl+X、C、V、Z、Yを知らない人もいる。
Escを知らない人もいる。
Ctrl+Home、Endを知らない人もいる。
Shift+Ctrl+Home、Endを知らない人もいる。
意外と多いのがShiftを押しながら↑↓で選択ができることを知らない人だ。
こういうの、新入社員と古株社員が一週間でもピアノの連弾のように同じパソコンを使って作業したらいいと思う。
エクストリームプログラミングならぬエクストリーム事務処理だ。
コストが激減すると思う。

テーマ : 実用・役に立つ話 - ジャンル : 趣味・実用

モイスチャー

日本中が乾燥で大変である。
火災も起こっているし、インフルエンザも流行っている。

仕事がなくて困っている人に1時間1000円でも払って、夜回りを兼ねて打ち水をしてもらったらどうだろうか。
国民一人当たり1万円ポッチ払うよりも費用対効果が上がると思うがどうか。
誰でもできるようにする。
ゴミ拾いとか、違法駐輪の見張りとか、そういう形態のチョコッと労働というのができるインフラを作ると、金持ちでもヒマがあると気分転換にするから誰かがいつもやっているようになると思う。
ぼくも散歩がてらすると思う。

ぼくもドライアイ、インフルエンザ、喘息で大変である。
なぜ風邪系の病気は乾燥すると起きるか。
それは黴菌の表面に棘があって喉の内側に引っ掛かって感染するからだそうだ。
まさにエヘン虫だ。
あとはハウスダストなどが舞って吸い込むことになる。
だから嗽、アメが予防に効果がある。
現実にはわざわざ嗽したり、アメを食べてカロリーを取ったりするよりも、水を飲むようにすればいいらしい。
水も何らかのモイスチャー成分が入っているほうが喉に長時間滞留してよさそうだ。
ゴマ油で嗽するといいというのもそこから来ている。

それで思い出したけど、ドライアイ用の目薬にドライエイドというのがあって、ゴマ油が入っている。

これは確かに効く。

実際には口呼吸をやめて鼻呼吸だけにするだけでずいぶん諸病が予防できるそうだ。
口呼吸というのはするのは人間だけだが、いろいろ問題があるらしい。

さて、乾燥の予防には加湿器がいいのだが、超音波式と沸騰式がある。
超音波式は消毒されていない水を撒くのでカビが発生するそうだ。
でも沸騰式は機械に水道水の塩素や不純物が残るので掃除が手間である。

以前はこれを使っていた。

安いしオシャレだし音も静か。
あと専門のヴィックスアロマオイルというのを入れる皿がついていて、それを入れると部屋に風邪を予防するオイルが充満する。
しかし使うのが結構大変。
水の中に塩を入れて通電させる。
電極に塩が付くのでそれを一定期間に1回掃除する。
結構面倒である。

昔のストーヴに夜間とか、洗濯物を部屋干しするとかが結局いいのだろう。
どっちもやっていない。

これを導入してみた。

専用のトレイもあるが恐ろしく高いので、フィルターだけを買って同じ東急ハンズで台所用のオシャレなトレイを買って入れたらピッタシ。
さらに追求する人は100円ショップに行けばいいと思う。

浸透圧で水が上がってきて蒸散する。
水の表面積を増やすだけのことで、タオルを濡らして部屋干しするのと変わらない。
家は6畳2間をぶち抜いて12畳にしているので、2個買ってきてコーナーに置いてみた。

効果があるのかいまいち実感できないが、ちょっとしたグリーン風で見た目にもさわやかである。

テーマ : 実用・役に立つ話 - ジャンル : 趣味・実用

KNOX直営店

システム手帳に凝ってしばらく経つが、渋谷にあるKNOXの直営店に行ってきた。
ファイヤー通りの裏手。
縁ないわ~。

knox.jpg

10畳ぐらいの感じで、システム手帳を中心にKNOXの製品がいっぱい。
やっぱこのメーカーの製品はすごくカッコいいのね。

で、店の隅に激安コーナーが!
20000円以上の製品が3000円ぐらいに!
廃版モデルらしい。
必要もないのに買ってしまった。

リフィルも、超薄紙モデルが廃版になるらしくてまとめ買いした。

実は行ったのは先週の話だが、A6=>ミニ6穴=>バイブルと来て、A5も気になるので今日もう1回行って来た。
激安コーナーはもうほとんど品薄みたいだ。
やっぱ服と一緒でモデルチェンジがあるたびに行けばいい感じかな。
A5のバインダーとリフィルも買った。

伊東屋はいつも混み合っているし、他の店は品揃えがいまいちだし、KNOXが気に入っている人はココに行くといいと思うよ。
定価だとそうそう手は出ないけどカッコいいのがあった。

テーマ : 雑記 - ジャンル : その他

気になる子ちゃん「ドア」

Perfumeの気になる子ちゃんというテレビをやっているが、このブログみたいなテレビである。
歌手のPerfumeと芸人がなんとなく気になることを言い合うというもの。
こないだ言っていたのが、宮川大輔が「家のドアが引く、と書いているので、その家に住んで数年前から重い荷物を持っているときもいやだなーと重いながら引いて開けていたが、奥さんがある日押して開けた。自分は押しても開くとその時初めて知ってショックを受けた。なぜ押しても開くのに引くと書くのか」というもの。
ぼくは「引く」と書いてあるドアがあっても必ず押してみる。
押しても開く場合が多い。
押して開かなかったら引いてあけるが、押しても開かないんだな~ということが経験レパートリーになる。
どのドアがどうと覚えているかというと、これが意外と覚えているものだ。
宮川は書いているとなんか従う方なのだろう。
奥さんはたぶん一応試してみる方。
人間は2つに分かれると思う。
ではなぜ両方開くのにわざわざ書くかというと「押すまたは引くという方向に開くドアであること」は書かなければならない。
引き戸ではない、という。
で「押すまたは引く」と書くのは邪魔くさい。
では両方押すと書けばいいような気がする(そういうドアも多い)が、どちらかにどちらかを書いてもう一方に違う方を書く場合が多いのだと思う。
これは、何かあったときにどっちかに決まっていると安心なのではないか。
たとえば張り紙を貼るとき「押す」側に貼る場合は奥に引っ込みはじめるとドアが開く。
そっち方面にだけ意識を集中していればよい。
逆は逆。
でも、ぼくや宮川の奥さんみたいな人がいるからあまり信頼が置けない。
一度「引く」と書いているドアを押しても開くわと思って押してあけると、中に分厚い足拭きマットが置いてあってドアの下に入ったままどんどんめくれ上がり、ドアの下につまって蝶番がギシ、と嫌な音を出してドアが途中で止まったことがあった。
そのまま足早に立ち去ればよかったのだがちょっと立ち止まっていると店員が飛んできて「引くと書いてあるでしょう!」と的確な文句をぼくに言った。
前にもそういうことが何回かあったのだと思うが、だったらあきらめてそんなところに足拭きマットを置かなければいいようなものだ。

なお、番組で調べた結果がこのページ(2008-12-27 O.A.分)に書いてあるが、

『「引く」って書いてあるのに、押しても開くドアがわりとあるのはなぜ?』

気になる子ちゃん:宮川大輔 さん

リサーチ結果:
ドアの製造・販売を行う株式会社ユニフローさんによると、日本は外国に比べ、狭くて小さい建物が多いため、室内を広く使えるように、室内に入る際には「出来るだけ外側に開いて下さい」という意味をこめて「引く=PULL」と書いてある場合が多いそうです。

だそうだが本当だろうか。
この番組、決着をつけるときにその道の権威ということで何らかの業者を頼る場合が多いが、それを信用していいかはちょっと議論を待つ。

テーマ : どーでもいいこと - ジャンル : その他

最強の激安ノートはどれか

ネットブック、UMPCと言われる激安パソコン、何がお得だろうか。
ざっと見回してイヤなのが画面が1024x600とか解像度が粗いことだ。
メモリが1GBしか載らないのが気になる。
光学ドライブがないのも使いにくい気がする。
これらすべてを解決するのが、工人舎のSXシリーズだ。



光学ドライブ搭載、1280x768ドットのディスプレイを持っている。
重さは1kg強で他の製品と変わらない。
これ、ヒトメボレして買った。
昨年の10月のことである。

驚いたのが、公称メモリが最大1MBなのに、実際には2MB搭載できることだ。
バッファローのサイトに「PCメーカの最大増設公開値を超えていますが、弊社で問題なく動作することを確認しています」と堂々と書いている。

しかし、Atomで2MBでもVistaは重かったらしく、ほとんど使っていない。
ここで驚いたことに年末にWindows XP搭載機が出た。

XPはマイクロソフトがサポート打ち切りを決めていて、もう新規にXPマシンは出ないと言っていたのが、去年からのネットブック流行りでXPマシンが続々登場している。
富士通のFMV U50もVistaで登場したのちに、新機種がXPで出た。
どうなってるの。

工人舎のパソコンはVistaで出した後に「XPダウングレードドライバ」が出る例が多く、SXも出るのを待っていたのだが今のところまだ出ていない。
ていうか出ないのではないか。
前機種を買った者は泣けということかもしれない。
しかし10月に買ったぼくは運が悪すぎる。

ということで、このSXの現行XP機を買って、メモリを2MBに増設するのが、現時点で最強の1kgマシンと言えると思うが、自分で使っているわけではないのでどういう使用感かわからない。
ご参考までに。

今はVAIO Pを検討中だが、結局ノートパソコンって持ち歩かない体質のような気がする。
買っては本棚の肥やしにしているのだ。
旅行出張用にないと困るのだが。

テーマ : ハードウェア - ジャンル : コンピュータ

頑固たる処分を取ってやるからな

新宿の雑居ビルにあった張り紙。

ganko.jpg

結構強硬な感じなんだけど「頑固たる処分」って「断固たる処分」の間違いだよね・・・。
(あと処分じゃなくてたぶん措置・・・)
この掲示を出した人はたぶん普段から日常会話で「ガンコたる」と言っていて、それで訂正もされないんだろう。
(まあ日常会話であまり使わないか)

ネットで流行ったので既出(キシュツ)のことをガイシュツというのがあった。
確かに既と概は字が似ている。
ここで問題は「ガイシュツ」で変換しても外出しか字が出ないということだ。
だからオリジナルの人も変だなあと思いながらカタカナでガイシュツと書いたのだろう。
同様のに「フインキで変換しても字が出ないのはなぜだろう」というのがある。
雰囲気はフンイキと入力しないと字が出ないのである。
とか人のことをあげつらっているが、自分もつい最近までコード類を束ねることをケッサクと呼んでいてなぜ字が出ないか不思議だった。
これは正しくは結束と書いてケッソクと読む。
たぶん搾乳のサクとかそういう字を書くと勘違いしていたのだ。
これは「字が出ないパターンの言い間違い」である。

それに対して「頑固たる」は字が出る。
字が出て、間違った字でそのまま書いている。
似たので最近「延々と」と言う言葉を「永遠と」と言う人が多い。
この人は字もそのまま書いていて、まあなんとなく意味が通じるのでやりすごされているのであろう。
これは「間違った字が出るパターンの言い間違い」である。

カタカナ語だと「フィーチャー」を「フューチャー」、「シミュレーション」を「シュミレーション」、「コミュニケーション」を「コミニュケーション」というのがある。
シュミレーションは、そういう言葉はないが変換出来てしまう。
辞書に入ってしまっているのだ(MS-IME)。
正しいシミュレーションは正しいシミュレーションでちゃんと入っているのでタチが悪い。

ちなみに既出、フィーチャー、シミュレーションは、必ずしも使わなくてもいい難しい言葉をあえて使って頭いい風の文章を書こうとしてさらに間違っているパターンである。
言い間違いにはこのパターンが多い。
聞きかじりでよく調べずに使って自滅しているわけである。
「頑固たる」の場合はホームレスの人に対して雑居ビルの管理責任者が居丈高に怒鳴りつけている中での言い間違いなので迫力がある。

ハンドバック(正しくはハンドバッグ)というのも変換するが、これはハンド、バックで文節変換しているようだ。
ジャンバー(正しくはジャンパー)というのはジャンバーという言葉がもはや存在するとして登録されているようだ。
ちなみにhandbagもjumpers(pants、shirtsと一緒で複数形)も、どちらも和製英語だと思っていたが、調べるとちゃんと英語があるようだ。

テーマ : どーでもいいこと - ジャンル : その他

WIN-WIN

ベストセラーであり、「思考は現実化する(ナポレオン・ヒル)」「道は開ける(デイル・カーネギー)」と並ぶ、巷に溢れる自己啓発書(「成功哲学」という言い方もある)のタネ本となっている本、「7つの習慣(スティーブンRコヴィー)」から始まった言葉で「WIN-WINの関係」というのがある。(言葉としてはもっと古いそうだ。)
ウィンウィン、と言うことで言いやすいせいもあってか、有名な考え方だ。

商売ごとは客と店の間に利害関係がある。
店はなるべく粗悪な品質のものを少量、高額に売れば、少ない資本投下で大きな儲けが出るからうれしい。
客はなるべく高い品質のものを大量に、安価に買い叩けば、少ない支払いでいい買い物が出来るからうれしい。
対立しているわけだ。
労働者と経営者の間にもこの関係が成り立つ。

しかし現実社会では店には競争相手がいるので、野放図に品質を下げて値段を上げているとどんどん客が逃げてしまう。
そこで、何らかの工夫(大量生産をするとか、流通経路を変えるとか)をして、値段を上げずに品質を上げる経営努力をする。
すると店も儲かるし客も喜ぶ。
ゲームにおいて両方が勝利者になる。
WIN-WINだ。
ゲームなのに両方が勝つ、この矛盾した状態に導くのが真のビジネスマンだ。
こんなところだろうか。

現実には品質を下げていながら品質を下げずに価格だけを下げたように言い張る、客に品質チェックのノウハウがないのを利用してラベルを張り替える、というのが昨年大問題になった食品偽装事件だった。
この場合店は客を出し抜いて儲けたが、客はだまされて粗悪品をつかまされた。
WIN-LOSEだ。
でも現実には天網恢恢疎にして漏らさずで、店は司直の手によって罰せられ、経営権を奪われた。
それで客が溜飲が下がったかと言うと、一度変なものを食べさせられた事実は消えないし、すべてが賠償されるわけでもないだろう。
何より、食への安心が失われ、心の平安が失われたことも大きい。
結果としてLOSE-LOSEであった。

ここで少し暴論になるが、客の側にもまったく責任がなかったわけではないと思う。
ランチが500円とか、安ければいいという最近の風潮が店を追い込み、弱い業者を偽装に走らせたのではないか。
日本人は携帯電話の料金などに比べて、食品に金を使わな過ぎだ。
きちんとした食を求めるにはそれなりに代価を支払うものだ、という常識を働かせることで偽装が防げた面もあったと思う(高級店が偽装をしてたりしたので一概に言えないが)。

話を戻すが、WIN-LOSEは不安定な関係であり、店と客に対立があるからLOSE-LOSEに移行しやすい。
店も客をだましているのだから心に平安は得られない。
よってWIN-WINを目指すべきだ、ということなのだろう。
(スイマセン、実は「7つの習慣」は購入していながらまだ未読であり、この項は推測で書いている。)




十分な数の競争店があり、社会に常識が働き、司直や報道機関がチェック機能の役割を果たしていれば、WIN-LOSEの不公正はいわゆる見えざる手が働いて淘汰され、WIN-WINのみの社会に移行していくと期待できる。
これは「自由競争があれば世の中は自然によくなっていく」というアメリカ的な哲学だ。
現実には競争力のある大手が赤字覚悟で安値攻勢を掛け、地元の小商店を根絶やしにして利益を寡占する、というウォルマート商法のようなものがある。
多くのアメリカ人消費者がウォルマートに満足していて(だからウォルマートは儲けている)店客というミクロな関係ではWIN-WINが成り立っている。
しかしウォルマートは地方の3次産業においてウォルマート以外の店を成立させ得ず、仕入れもどんどん中国製に移行するので米国内の2次産業も弱体化していく。
そうするとアメリカ人は職を失うからウォルマートで買い物をするのもままならなくなる。
これは長期的に見てLOSE-LOSEの関係である。
このようにウォルマートぐらい大規模になると短期的、局地的な現象と長期的、全地球的な現象を両方見ないといけないということになる。

サラ金という職業がある。
あるサラリーマンが、今月ちょっとギャンブルで負けが込んで生活費がショートしてしまった。
そういうときに当座のお金を借りる。
中小企業の経営者が銀行に借りるのは商売にヤマタニがあるからで、そのうち大きな商売があるのを見越して当座の回転資金を借りている。
それに対してサラリーマンは月々の収入が一定である。
だからサラリーマンにお金を貸すのはおかしい。
ある月が赤字になったら、ずーっと赤字になると思うのが自然だからだ。
サラリーマンはお金を借りるとき「次の月節約すればいい」と思うかもしれない。
でも、だったら今月節約すればよかったのである。
生活費に響くほどパチンコで負けが込む人は、たぶん次の月も、その次の月もずっと節約できない率が高い。
だったらコーヒーの代わりに水道水を飲み、玉子掛けご飯でも食べてグッと支出を絞り、今月でも遅くないから支出を節約した方がよい。
サラ金は毎月何万人の客を相手にしているから、不幸な客を、より不幸になる確率が高いことをあらかじめ知って、知りつつ、甘言で客を騙して金を貸している。
サラリーマンは当座の金策が付いてHAPPYだし、サラ金は将来利子が入るのでHAPPYだ。
短期的にはWIN-WINの関係である。
しかし長期的にはサラリーマンはサラ金を使うことで、「今月苦しいなあ」ぐらいの状況からさらに悪化する可能性が高い。
すぐにWIN-LOSEの関係に移行する。
サラ金もサラリーマンが逃げるかもしれないし、自己破産するかもしれないのでリスクを背負っている。
社会の目はサラ金に厳しいから、明らかにサラリーマンの責任で始まった関係もサラリーマン有利で決済できる可能性が高い。
にもかかわらず、サラ金は危険を冒して金を貸しているのだ。
長期的にはLOSE-LOSEの関係に終わる率が高い。

こうしてみると、WIN-LOSEは不安定な関係だから早晩何らかの事件が起こってLOSE-LOSEになる率が高い。
するとWIN-WINにしましょう、客を喜ばせるために商売をしましょうというのは道徳的なお題目ではなく、利益を安定的に上げるために合理的な行動であると分かる。
ただ、短期的なWIN-WINなのか、長期的に安定的なWIN-WINなのかという見極めも必要である。

食品偽装のような犯罪行為は最初からWIN-LOSEであり、比較的早期にLOSE-LOSEに移行することが目に見えている。
目先の利益に目がくらんで客をだます道を選んでいるのだ。
よくバブル期の経済犯罪などで、エリートサラリーマンが「会社に命じられてやりました」「これも仕事だから仕方ないんです」と公然と言い訳していたが、あれは最初からWIN-WINの関係を築こうとしていなかったのだから仕事の名に値しなかったと、今でなら後知恵で言えそうである。

今話題になっている激安商品というのはどうだろうか。
経済が悪いので客は使える金が少ない。
そこで店は通常では考えられない値段で品物を売る。
短期的、局地的にはWIN-WINである。
しかしその裏では、たとえば中国から危険な製品を輸入している。
中国は工場の環境基準や製品の安全基準が日本やアメリカなどに比べて明らかに低い。
労働者の権利も低く、賃金も低い。
この構造を、日本やアメリカの商社が知って、知りつつ、それを援用して安価に製品を生産させているのだ。
危険な食品を作っている中国の業者は「日本の不当な安値要求が事態を生んだ」と言っているケースもある。
「盗人猛々しい」という言葉が当てはまるだろうが「泥棒にも三分の理」という言葉も当てはまる場合もあるだろう。
買う側は、そういう危険があることを知りつつ、消費者には隠してそういうハイリスクな生産を行わせている。
そういう意味では長期的、全地球的にはWIN-LOSEだ。
しかし、生産の方法によっては、工場の労働者の低賃金さえ目をつぶれば、あるいは、工場周辺の環境悪化にさえ目をつぶれば、安全な製品を安価で生産することも可能だろう。
消費者もそういうことはうすうす知りつつも、経済も悪いし背に腹は変えられないよね、ということで買っているケースもあるだろう。
中国製品の危険性もこれだけ問題視されると、こういう巧妙なケースに移行していくのではないか。
この場合、客と店の間のWIN-WINは低いレベルで安定的に保たれると言えないか。
店と客が共謀して中国の人民と地球から搾取しているわけである。
店だけでなく客も、消極的にせよ、モラルを捨てると言う形で搾取に参加している。
「知らなかった」というのもまた罪である。
この関係はWIN-WINでは解けない。

数年前、笑福亭鶴瓶がやった「FNS27時間テレビ」で、鶴瓶が番組のシメで「店よし、客よし、世間よし」という言葉を言って話題になった。
これは強欲で知られた近江商人のスローガンである。
つまり、商売ごとは、
・店が儲かる
・客が喜ぶ
だけでは不十分で、
・世間が栄える
という三要素が揃って初めてまっとうな商売になる、ということであろう。
つまりWIN-WIN-WINだ。

生き馬の目を抜く競争社会の中で社会や地球のことまで面倒を見てWIN-WIN-WINを目指すと言うのはなかなか難しいと思う。
ぼうっとしている間に旧来のWIN-WIN業者や、WIN-LOSE業者に負けてしまう。
となると「いや自分のところは他の業者さんと違って社会全体、地球全体を考えているから高いんですよ。他の業者さんをのさばらせていたら貧しい国の人や地球環境が疲弊して、最終的にもっと高いツケを我々全体が支払うことになるんですよ」ということをアピールする必要も出てくるだろう。
また、エセ環境論を唱えて高い値をつけたり国家の補助金を得て、現実には私腹を肥やすと言う複雑なケースも出てくるだろう。

そもそもいい社会とは何か、という問題になってくるとイズムの問題になるから早々に結論は出ない。
正義と言うのは人の考え方で本当に違う。難しい。

一昨日書いたがタリバンがバーミヤンの磨崖仏を破壊した。
あれはタリバン的には世界を偶像崇拝の魔手から救うための正義の行為であったと思う。
ブッシュはイスラム原理主義者の破壊活動のことを「テロ=絶対悪」と呼んでいたが、浅薄な物言いではあるが、イラクに行けばアメリカ軍の方がよほどテロリストである。

アフリカの一部では女性器切除というのが宗教的儀礼として残っていて大問題になっている。
ぼくも一刻も早く、場合によっては国際的武力を行使してやめさせた方がいいと思う。
しかし現地の人は「これは文化の問題だ」と言いはっていると聞く。
これも「泥棒にも三分の理」ではないが、文明の発展段階が低い場合は、そういう選択もあったのだろうと思う。
年頃の娘が家にいて集落の中で誘惑的な存在である、それが家長にとって悩みの種である。
文明国のように家に強固な鍵が掛かるわけでもなく、子供が学校で高度な技芸や社会性を身につけるわけでもない。
貧しいために身を鬻げば容易に金が得られるという誘惑も大きい。避妊具も容易に手に入らない。
そういう中で、女性の性を抹消してしまえば風紀が簡単に守れる、という、どうしようもない「浅知恵」だが、そういう考えが文化としてあったのではないか。
女性は顔をさらさない、というイスラムの教えにも通底していると思う。

今の日本では子供から携帯電話を取り上げようという論議が盛んである。
ぼくも現状では取り上げた方がいいのかなと思うが、それでかわいそうな子供もいると思う。
よく深夜の駅前で、塾のカバンを持った子供が携帯で親を呼んでいる。
親は仕事帰りであろう、車でやってきて子供を拾っていく。
あそこまで子供を勉強させないと安心できないのか、あそこまで働かないと生活を維持できないのか、それは他人が軽々に口を出せることではないけど、とにかくそういう家庭にとって、携帯は救いの神である。
夜道で変なおじさんに付きまとわれてもサッと親や警察を呼べる。
GPS機能が入っているのでどこにいるかも伝わる。
また、親に虐待されている子供が、友達や社会とつながる命綱として携帯が機能しているケースもあるであろう。
どれも不幸なケースだし、携帯が子供に害をなしているケースの多さに比べれば誤差の範囲で収まるレアケースかもしれない(これはきちんと統計を取ってみないとわからない)。
しかし、「とりあえず携帯は禁止」という、大人社会には口当たりのいいルールに飛びついてしまうのも、なんか安易だな、という感想を持つ。
携帯はあるけど、でも安心、というのが上の上だと思うのだ。

なんか変な話になってしまったが、考え中のことをそのまま書くとこうなるので仕方ない。

ところで、プロスポーツ選手や職業軍人は、必ず自分が勝って相手が負けることで成立している商売だが、この場合はWIN-WINの原理は成り立たないのだろうか。
まあ顧客は戦う相手ではなく、自分が戦って勝つことで喜んでくれる味方側、ということだろう。
そうするとあらゆる商売は単純な主客関係では捉えられないということなのだろう。

純粋なトレーダーは人が損することで自分が得するのか、自分が純粋に得するだけで自分の知恵は誰にもコントリビュートしないのか、とトレーダーの人に聞いてみたが、いやトレーディングが盛んになると資金の流動性が高まり、才覚のある商売人に資金が効率よく高まるのでそれがコントリビューションになるのだ、と言っていた。
しかしトレーディングはいい商売人の株を買うだけでなく、悪くなった商売人の株を売ることで初めて利益が出る仕組みである。
この関係にもWIN-WINがあるのだろうか。

芸術家はどうだろう。前に書いた道端で人糞を投げていたダダカン氏は極端にしても、一人作業場にこもって自分の芸術を追及している人は、顧客や社会へのコントリビューションということを考えているのだろうか。
考えることでむしろ邪魔になる場合はないだろうか。
真善美が単純に一致した世界では、いいものを産み出せばそれがそのまま社会への貢献になり、その対価として豊かになって当然だという考え方になるのだろうが、必ずしもこの世界はそうではない。

結局WIN-WINという考え方は「すべての人は『善き』ものを目指している」「すべての人にとって『善き』ものは同じものである」という前提の許に成り立っている。
それをなお疑ってしまえば、もう一段上の(と単純に言うべきか分からないが)哲学が必要になる。
まあぼくはさしあたり単純に人が「助かるわー」と思うことをして生きていくつもりではあるが。

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変なエレヴェーター

会社の近所のビルのエレヴェーターに乗ろうとして目を疑った。
乗るときに押す、外側のボタンに全部の階数が載っているのである。

elevator.jpg

普通は上▲ボタンと下▼ボタンだけである。
これ、複数基のエレヴェーターのうち一番近いものが来るのだが、どこのボタンが押されて、その人がどこに行こうとしているかを最適化して行動するということであろうか。
しかし、親切なようなそうでもないような気がした。
ぼくは地下鉄の駅から渡り廊下を渡った階で乗って、その1階下のコンビニ(vをウ点にするという法則に従えばコンヴィニと書くべきだがさすがにやめる)に行こうとしたのだが、咄嗟に自分が何階にいて何階に行こうとしているのか分からなくなったからだ。
結局わけのわからない6階とか押してしまっている。
こういうエレヴェーターのボタンはここで始めてみた。
たまにデパートなどでオバサンが上▲ボタンと下▼ボタンの原理が分からなくて両方押している人がいるが、そういう人がこのボタンを見ると絶対混乱すると思うがどうか。

昔、たしか情報処理技術者試験を受けに? 東京電機大学だかどこだか?(駿河台?)に行ったことがあるが、エレヴェーターが上昇中にいったん下に降りて下の階の客を拾ったのでたまげた。
常に最小待ち行列になるように計算して行動していると言うことだが、ああいうエレヴェーターに乗ったのは後にも先にもあの1回だけだ。

ところで、elevator という言葉は elevate という動詞からきているが、これは持ち上げるという意味だ。
おかしくはないか。
エレヴェーターは下がるときにも使うのである。
日本語だとたぶん昇降機だと思うが、そちらの方が正確である。
ちなみにマイルスの音楽で有名なルイ・マル監督映画「死刑台のエレヴェーター」のフランス語題は「Ascenseur pour I'Echafaud」であるが、アセンソワ? というのもたぶん上に上がるという意味だ。
ちなみに escalator も escalate(上げる)という意味だが、なぜ箱状の物はエレヴェートで階段状の物はエスカレートなのだろうか。
逆ではいけないのだろうか。
たぶんたいした意味はなく、適当にどっちかがどっちかでもう一方は違う方、という名前の付け方だとは思うが。

ちなみにエレヴェーターに目上の人と乗っていて同じ階で降りるとき、「開」ボタンを押して相手を先に降ろすが、このときの言い方「どうぞお先に」を英語で言うときは、くだけた言い方だと Go ahead. でよいが、丁寧な言い方は After you. というそうである。

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書評「上達の法則」

ブログを始めるときは、書評が中心になると思っていた。

活字中毒な方で、いつも本は持ち歩いて週5冊は読んでいるから、それを片端から紹介してアマゾンのアフィリエイトを張っていけば、それなりに格好がつくと思っていたのだ。
それが、そう思ってブログを始めると、そうでもないことに気づく。
わざわざ公の場に文章で紹介するほどの本でもない本を多く手にとっていたことに気づいたのである。
そう書くと生意気なようだが、本心なので仕方がない。
そもそもブログで本を紹介するからには、以下のような本であることが望ましい。
・是非多くの人に手を取って欲しい良書である
・自分ならではの紹介ポイントがある
・その本について語ることで自分の考えの一面を語ることができる
そういう見地で普段読んでいる本を改めて眺めてみると、わざわざ語りたくなるほどの本でないことがほとんどだ。
考えたら当たり前かもしれない。

最近は本を買って読み始めている段階で、ああこんな面白そうでよく売れていそうな本をブログで紹介できたらなあと思っている。
ポイントになる文章を読むたびに、この部分をこう紹介してやろう、などと思う。
面白いと、いいぞいいぞ、がんばれ、などと、運動会に出ている子供を応援する親のような気持ちになる。
するとそういうときに限って、子供はつまづいてひっくり返り、よその子にどんどん追い抜かれて泣きべそをかくのである。
逆に言うと、公の場で書評してやろうと思って読んでいればこそ、生半の本では感動しないような厳しい批評的な目で見ている、そういう目を身につけたということかもしれない。
であれば、それはそれでいいことなのかなあとも思う。

つまらなかった本を読んだら酷評すればよい、ここがよくない、ここが違うと思う、などと書けばよいとも思っていた。
しかしいざやってみようとすると、これがなかなか出来ないのである。
・本名でブログを書いている
・一応自分も本を書いている
・本を書くことがどんなに大変か一応分かっていて、それをカンタンに酷評されることがどれだけ辛いか分かっている
ということがどうしても影響するのである。
もちろん、本を公の場に出した以上、批評にさらされるのは仕方がない。
酷評されるのもお駄賃のうちである。
お客様の声は天の声と聞き、謙虚に受け止めて勉強させていただくのがよい。
それは分かっているが、じゃあ人の本もバシバシ自分の好みで斬りまくっていけばよいかというと、ハタと手が止まる。
そこまで確信を持って人の本を酷評できるのか、発言に自信を持てるのかというと心許ないのだ。
要は弱いのである。それは分かっている。しかし人間の能力には限界がある。
とにかく今は、つまらない本を、いくらつまらないと思っても、わざわざ斬るような心境になれないのだ。

ということで、ブログで本を紹介するのは、読んでいる本の30分の1ぐらいの見当になりそうだ。
しかし、ごくたまにしか本を紹介しないと、今度はそれほどこいつ本を読んでいないんだなァと思われそうで、それはそれで業腹である。
いろいろ気にしすぎだから!
まあそういうわけで、今回本を1冊紹介させてもらうわけだが、それまでに数十冊の本を読んで、どれもそれほど面白くなかった、ということをわざわざ言い訳させてもらいたい。
いやでも、ここまで紹介する本を探すのに苦労するとは思わなかった。
ちょっとビックリ。





新書の自己啓発本である。
「英会話の上達法」「マラソンの上達法」「スケッチの上達法」など、世にxxの上達法を語った本は多い。
しかし本書は、一般的にあらゆることに上達するとはどういうことかを、心理学の立場から説明した本である。
もっとも薄い新書であり、平易な言葉で語らなければならないこともあって、それほど豊富な内容が語られているわけではない。
むしろ、もうちょっと踏み込んだ内容を書いてくれてもいいのになーとも思った。
しかし、最小の要旨であるスキーマ、チャンキング、コード化、美観の付与といった内容は説得力があり、自分なりにいろいろな技術に容易に応用できるとも思った。

本書の面白いのは、そういう要旨を肉付けする豊富なエピソードである。
本書の著者は本業の心理学の他に、将棋、茶道、陶芸、バロック音楽、テニス、写真、英会話、自動車運転などに詳しい。
いや、ぼくはこのどれにも詳しくないので、本当に詳しいのか正確には判断できないが、とりあえずこのどれもがものすごく好きなことは確かなようである。
ある技芸を上達するとき脳の中で何が起こっているのか、その何かを起こすのにはどんな鍛錬が必要か、ということを書くたびに、ある将棋の名人はこういうことがあってこうした、あるテニスの技術はこういうところがあるがこうやって習得するそうだ、というエピソードがおびただしく書かれているのである。
有名なエピソードであったり、「テレビで見た」というエピソードであっても特に躊躇なく書かれているし、親しくしている芸術家からこっそり伺った話のようなものも惜しみなく書かれている。
これが面白い。
この将棋の上達法とこのテニスの上達法は脳のこの部分を共通して使っている、と書かれているわけだ。
読んでみるとそういうことがあることは確からしいが、そういう本を書ける人が世間にどれだけいるだろうか。
そうやって考えると、著者の博覧強記ぶりを楽しむ本とも言えそうだ。
そういう意味でも、値段を倍にし、厚さを倍にして欲しい。
筆者は心理学の専門書の他に、茶道や将棋の本もあるようで、全部集めて読もうと思う。

さて、本書で繰り返し出てくるのが「コード化」という概念である。
よく知られているのが、人間は最も揮発的な短期メモリーは7つ(7チャンク)までしか同時に記憶できない。
5713、などと意味のない数字を4つ覚えるときは、そのチャンクを一気に4つ使ってしまう。
しかし、たとえば2816という数字を覚えるときに、「二・八=十六」という九九の教養があれば1チャンクの消費で済む。
このように冗長な情報を短縮したコード(符号)に変換するには教養が必要であり技芸が必要であるが、逆に言えば教養、技芸を豊富に持っている人はコード化に優れているので、同じ脳を使って大量の情報を処理することが出来る。
たとえば将棋であれば序盤の定石ということで十数手を一気に習得している人の方が、一手一手を真剣に検討しなければいけないひとよりも上級者であることは確かである。という話。

なるほどとも思うが、ぼくはあることに熟達するためには逆に「デコード化」という技術も必要だと思う。
たとえばコンピューターをやっていると頭字語をおびただしく覚えさせられる。
パソコンのカタログ1つ取っても CPU、HDD、MB などという略語のオンパレードである。
こういうのを、たとえば CPU ならば Central Processing Unit であり日本語では中央演算装置という、ということをマメに調べて一遍に覚える人と、そうでない人がいる。
この場合、マメに調べる人の方が、同じことを学ぶのに手間を掛けている。
情報をわざわざ冗長化して、余計なことまで覚えているからだ。
しかし、この場合はお分かりのように、情報をわざわざ冗長化してからまとめて覚えてしまった方が「全然ラク」なのである。
CPU を「しー・ぴー・ゆー」というキリシタンバテレンの呪文のようにして覚えていく方が、よほど骨だし続かない。
しかるに、世間の情報はみな符牒化されていて、それを端から意味もなく覚えることが要求される。
この場合は、余計な手間を取って(ネットの神様が降臨した今、たいした手間ではない)いちいちコードをデコード化し、物語化して覚えていったほうがより知識は血肉化するのではないかと思う。

あと、世の達人と呼ばれる人は「ウソ知識」を振り回す場合も多い。
有名なのに「サイコロの丁半ばくちは、丁は1-1、1-3、1-5、2-2、2-4、2-6、3-3、3-5、4-4、4-6、5-5、6-6の12通りに対して半は1-2、1-4、1-6、2-3、2-5、3-4、3-6、4-5、5-6の9通りしかないから丁が有利」などというのがある。
これは昔「アカテン教師梨本小鉄」という少年チャンピオンのマンガで教師が教壇で言っていて「いいか、世間に出たら数学の理屈なんかは通用しないんだぞ」などと言っていたが、もちろん数学の理屈はそのままサイコロ賭博でも通用し、丁と半が出る確率はどちらも等しい。
しかし昔の博徒は丁が有利と信じていたのである。
テレビに出てくる元プロ野球選手などの言葉でも素人目にも怪しい疑似知識、疑似科学が多い。
プロのミュージシャンであっても「デジタルレコーディングであっても、マクセルかTDKか、メディアのメーカーによって音の性格が変わる」と言っていた人がいた。この理論を覆してやるのはなかなか難しいよ。

なお、紹介した本は「自分がある技芸に熟達するにはどうするか」に焦点が当たっているが、本書を逆に読むと「初心者にある技芸を熟達させるにはどうするか」ということも分かる。自分が経験上、なにげなく、無自覚にコード化してしまっている技芸を、同僚に伝えるにはどうすればいいか、どこで初学者がつっかえるかを語った本でもあるのだ。

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職業とは何か

毎日書いていたのだがインフルエンザでベタに間が空いてしまった。
スミマセン。
これからもよろしくお願いします。



この本、単行本で持っていたのだが文庫化しているようだ。
作詞家、原作者の川内康範氏、興行師の康芳夫氏など、戦後のサブカルチャー史上に残る奇人変人数人の評伝である。

川内康範氏といえば「おふくろさん」騒動で昨年話題になった。
歌詞に勝手に付け足すなという話だが、あの話を聞いて「じゃあ全国の小学生が歌詞を付け足しまくっている『インドの山奥で・・・』はどうなるの・・・」と思った人は多かったのではないだろうか。
また同氏は「月光仮面」「レインボーマン」「コンドールマン」「ダイアモンドアイ」などと並んで「七色仮面」も原作者のクレジットに名を連ねているが、「七色仮面」に関しては1行しか書いていないそうだ。
当時「七色仮面」を製作した東映のスタッフが、川内氏のネームヴァリューが欲しくて玄関先で頼み込むと、便箋に「七色仮面は七つの顔を持つ正義のおじさんです」(記憶に頼って書いています。不正確かも)と書いたものを書生が持ってき、それが原作ということになったそうだ。(『コサキン』のラジオより)
ということで、著作権に関しては意外とアバウトな人だったのではないだろうか。

康芳夫氏はオリバー君、猪木アリ戦で有名だが、小林信彦の自伝的小説「夢の砦」にも似た人が出てきた気がする。
これも文庫は絶版なのでアマゾンで買って再読しよう。

他にダダカンこと糸井貫二氏というハプニングアーティストの話が出てくる。
子供心に大阪万博で太陽の塔に登った人がいたなーという話は覚えていたのだが、こういう人とは知らなかった。
晩年の彼は通行人に向かって人糞を投げていたそうだ。
まあ、気が狂っていたのだと思うが、もし狂ってなかったとして、純粋な芸術行為だったとしたら、芸術家という職業とは何だろうかと思う。
人糞を投げている人にお金を払う人はいない。
だからその行為で食っていくことはできない。
そういう意味では彼のパフォーマンスは職業とはいえない。
でも、他のパフォーマンスで喝采を浴び、木戸銭を大層もらって、腹いっぱい食べて枕を高くして寝ている芸術家はいっぱいいる。
そういう芸術家がなぜ食うに困っていないかと言うと、当然不断の努力で時代の空気と自分の信念の間で悩み苦しんで、お金を生む作品を、一滴一滴血を絞り出すようにして産み出しているからだが、ダダカンとリッチなアーティストを分ける一番大きなものは、「たまたま今の世間と波長が合っているかどうか」ではないかと思う。
別に芸術家を軽んじてこういう発言をしているわけではない。
宗教家もそうだ。
アフガニスタンのイスラム過激派タリバンが、バーミヤン(中華ファミレスではなく、地名)で、人類の宝である巨大な磨崖仏を破壊して世界中の非難を浴びた。
しかしやってる本人はどう考えても大真面目だ。
イスラム教の戒律が偶像崇拝を禁じているから破壊したわけだ。
崖を削って仏を刻んだ人も、その仏を削って崖に戻した人も、共に真剣な宗教心でやっているわけで、どちらを信仰するかで正義が決まるのではないだろうか。

高度成長時代、昭和元禄の日本で、高速道路や新幹線が風景を切り裂いて、オリンピックに万博が、人類の未来の限りない明るさを無批判、無疑問に称揚しているときに、裸の男が路上で人糞を投げていたら、人々は当然腹を立てただろうし、警官は彼を追い回して捕まえ、ひどい目に合わせたと思うが、彼の行為が与えたショックは、今歴史の目で振り返ると一定の意義があったと思う。
ぼくなんか凡人だから、せいぜい誰からも好かれ、「助かるなあ」と言われる仕事をして、そこそこのお金を稼いで安楽に生きていくことを目標に生きて行こうと思うし、友達にも親類にもそういう生き方を勧めて行こうと思うし、誰かが路上で人糞を投げていたらそれなりに当たらないように逃げ、安全な場所まで逃げたら警察に通報すると思う。しかし、だからと言って芸術的信念を持って路上で人糞を投げているダダカン氏のことを、単純に眉をひそめるような小市民にはならないつもりである。

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システム手帳のリフィル自作

闘病中である。
今ではちょっと咳が出るだけぐらいに回復した。
熱が引いて1日余計に休めということで、明日から出社しようと思う。

いやあ病気というの、ひとつも得しない。
仕事も出来ず、お金を使って、痛くて、苦しくて、死んだらどうなるのとかそんなことばかり考えている。
(おおげさ)
普段健康に過ごしているのって偉大なことなんだなあ。

しかしぼくなんかふだんから英会話ウォーキングだ、腕立て伏せだ、サプリメントだと狂ったように体に気を使っていたが、インフルエンザウィルスにコロリとやられた。恐るべし。
来年はワクチンを接種しようと思う。
親には言われていたのだが、忙しさにかまけて抛っておいていた。
親の意見は聞いておくものだ。

しかしタミフルはよく効いた。
タミさんは野菊のような人だ。
もともとウィルスにはインターフェロンとか、そういう薬しか効かないとされていた。
風邪を引くと医者から抗生物質を出されるが、あれは気管支炎の菌には効いても風邪のウィルスには効かない。
しかしタミフルは、よく分からないがウィルスがある細胞から別の細胞に移動するのを防ぐらしい。
ある酵素の発生を阻害することで、ウィルスが細胞からはがれにくくするそうだ。
ということで、ウィルスに取り付かれてから、そのウィルスが赤丸急上昇で増え続けているときに、その増加を阻害する。
完全に増えきってしまってからはもう聞かないんですって。

だから休日の深夜に救急外来に行って正解だった。
「・・・体温は何度ですか・・・」「・・・家に体温計がなくて・・・」というやりとりを何度くりかえしたのか、もう忘れたが、今でもあのやりとりを走馬灯のように思い出す。

ということで、風邪っぽい症状なんだけど風邪薬が効かず、熱がどんどん、どんどん上がる症状の場合は、すぐにお近くの病院に行ってください。
鼻に長い綿棒を突っ込まれます。
ものすごく痛いけど1秒ぐらいだからガマンしてください。
ああでもこれぐらいで済んでよかったよ。



寝てばかりいると腰が痛いので、ちょっとパソコンを使ってみた。
手近なお題として、システム手帳のリフィルを作成してみた。

システム手帳のリフィルの自作なんて、どこのヒマ国のヒマ大臣がやることかと思っていたけど、これがあなた快適。
パソコンが普通に使える人ならあっという間に出来る。
具体的に言うと、Excelを使うとカンタンに出来る。
最初はWordを使っていたが、カレンダーはやはりスプレッドシートということで、Excelを使うと本当にあっという間に出来た。
これ、表形式に限らず、実はページレイアウトを考えた構成をDTPerならぬ素人がやるんだったらWordよりExcelなんじゃないだろうか。
昔勤めていた会社にどんな文書もExcelで作る人がいて、内心バカにしていたのだが、今思うと彼なりのライフハックスだったのであろう。
失礼しました。

さて、なぜリフィルの自作を思い立ったかと言うと、全部片面展開の手帳と言うのを考えたのだ。

システム手帳というの、ご案内のように中央にデカいリングがあり、左ページには書きにくい。
右ページには普通に書きやすいのだが、である。
ということでぼく式ジョッターは常に手帳の1ページ目を使っているが、あれも左側に書きたくないことからの発想であった。

で、カレンダー(マンスリーとウィークリー)も片面展開にしようと思っていた。
完成したのはこうである。

マンスリー  (PDF)
月

ウィークリー (PDF)
週

1ヶ月1枚、片面。
1週間1枚、片面。
裏は常に白紙だ。
もったいない気がするが、書きにくいことを考えるとこれはこれでアリではないか。
あと手帳を運用していると落書きエリアが結構欲しくなるもので、半分余白、自由欄という運用はゆったりしていていいと思う。

片面展開がいいところは、両面印刷しなくて済むことだ。
両面印刷を考え出すと作業が地獄である。
サラリーマンが風邪を引いて暇だから片手間に出来るようなものではない。

既製品のリフィルでも、見開きのマンスリーとか、両面のウィークリーは実はうっとうしい。
用済みのリフィルもしばらく持っていなければならない。
システム手帳は抜き差しできるので、現在属している時間帯を中心にリフィルを究極まで少なくすることが可能だが、たとえば見開きのマンスリーの場合2月の左面の裏は1月の右面だったり、両面ウィークリーの場合1月第1週の裏は昨年12月の最終週だったりする。
その点片面展開だとこの月はコレ! この週はコレ! とリフィルが管理できる。
これはスッキリしている。

実は、ウィークリーは片面がウィークリーで裏がメモという、自作リフィルとほとんど変わらないのがBindexなどから出ている。
ぼくも持っていた。
しかしながら、すべてが左側がウィークリー、右側がメモなのである。
だから左側は書きにくいと言うとるのに!
ということで、右側片面のウィークリーがどうしても欲しかった。

片面1枚のマンスリーは狭いと思われるかもしれない。
実際狭い。
ということで、すべて片面展開の手帳を実行するためにミニ6穴を廃止してバイブルに移行した。

バイブルでも片面1枚のマンスリーは狭い。
でも会社などにあるデスクカレンダーと同じぐらいである。
自分なりの略号を工夫すれば使えなくはない。
基本はウィークリー、デイリーに書いて、マンスリーはそれへのポインタを書くという位置づけだろう。

さて作り方だが、紙は以前書いたようにリフィルを直接プリンターに突っ込む。
バイブルであれば全然安定的に印刷できる。
ぼくのプリンターは Canon の複合機 MP790(もう廃盤?)である。
最近のだともっとラクに印刷できるのではないだろうか。

用紙設定は「システム手帳 リフィル 自作」でヒットしたこのページを参考にした。
このページも Excel を使った美麗なリフィルが数多く紹介されていて、最初はこれをいただこうと思っていたが、マクロを使っていたりして結構高度だったので、ぼくの用途には too much と思い使わなかった。

Excel を使った作成について特に言うことはない。
ぼくは曜日見出しと日付はセル、全体の見出しはヘッダー、シリアルナンバーはフッターを使った。
マンスリーカレンダーは6段にするか7段にするかの選択があるが、6段は1セルに複数日付になる処理がめんどくさいから7段にした。

いやあもうあきれるほどの手抜きであるが、全部作るのに2時間ぐらいしか掛からなかった。
マンスリー1年分と、ウィークリー1ヶ月分で、印刷もコミで2時間である。
全然カンタンだよ!!!
実は専用ソフト(ミシン目で切って使う専用用紙もついている)を持っているのだが、全然いらなかった。
Excel で十分だ!(ぼくは!)

紙はこだわった。
KNOXBRAIN の「メモ 5mm セクション 511(100枚綴り)」。
例の「超軽量紙」はあまりにも裏写りがするということで廃版になり、若干厚めのにしたそうだ。
若干厚めとはいえまだ薄い。
20mm リングで 300枚ぐらいいけそうである。

白紙ではなくてセクション(方眼)紙を使うというのがミソで、一見自由欄形式に見えるけど書くときにはちゃんとケイがあるという寸法。
これは使いやすいぞ!(ああ自画自賛~)

失敗用紙が、実際に使う分の倍ぐらい出たが、昔より上手くなっているので全然想定の範囲内だ。
ていうか、自作リフィルはエコだと思う。
変な月の変な週に思い立ってシステム手帳を始めても、まさにその日から必要なリフィルを作って印刷すればよい。
ある月のある日が気に入らなくても、その日を含むリフィルだけ印刷して差し換えればいいのである。
(だから両面印刷、見開き展開はしない方がよい。)
破っても汚しても、そこだけ印刷すればいいのだ。

Excelの元データを恥ずかしげもなく公開するので、よろしかったら叩き台にして欲しい。
めちゃくちゃカンタンだが、こんなんでぼくは全然十分である。
(まあ、カレンダーの構造を使用して VBA とか差し込み印刷を使えばいくらでもカッコよくできるとは思うが・・・)

実はデイリーも作った。
毎日の体重記録欄とかも作ってなかなか面白いのだが、恥ずかしいからヒミツ。

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ベタ3

時系列的に逆行して書いているのだが、金曜日はベタに乗っている電車が人身事故に逢った。
簡単に書き出してしまったが、この表現でいいのだろうか。
乗っている電車が人身事故を起こした、の方が正確か。
ううんでも電車はどう考えても被害者である。
乗っている電車の前に人身が飛び込んで、その結果事故が生じた。いわゆる人身事故である。
これで完璧か。しかしこんなくどい物言いは普通はしない。

秋葉原で遊ぶ用事があったので朝からウキウキしていた。
早朝出勤して、数多くの自動化を繰り出して問題を解決し、定時退社した。
桜木町から、オットリ刀で京浜東北線に乗っても間に合ったのだが、なぜかハイになっていて横浜駅で階段を降り乗りする足取りも軽やかに東海道線に乗った。
iPod で快調に英会話を聞いていたが、ある時を境に電車が動かなくなった。
同乗客がソワソワ電話をしたりメールをしたりしている。
便利な世の中になりました。
iPod のイヤホンを外すと「プーップーップーップーッ・・・」という、アニメの非常警戒音のような音がして、電車が止まっていた。

変だなと思ったのは、明らかに駅である、ということだ。
車外を職員がどんどん通過しているし、反対側にもホームが見える。
幹線駅。川崎駅である。
向こうを南武線が通り過ぎる。
駅としては機能しているのだ。
「状況が分かり次第なんとかかんとか・・・」
と歯切れの悪いアナウンスが聞こえるのだが全然状況が分からない。
体感時間で30分ぐらいしたであろうか。
「確認が取れました。みなさんを降ろしますのでしばらくお待ちください」

みなさんを降ろしますのでってなんだよ。
電車が動かないのはわかった。
でも電車に閉じ込めるのはおかしいだろう~!
(気づくの遅すぎだろう~!>俺)
京浜東北に乗り換える、京浜急行に乗り換える、トイレに行くなどのソリューションを取りたい人で車内は充満しているのだぞ。

それから先も開かねえ開かねえ。
たまらずドアに駆け寄って係員が通り過ぎる瞬間にドアガラスを軽く叩いてみるも、肩をびくっと反応させたままシカトして足早に去っていく。
「これ、非常ボタン押したら開きますかね」
と近所のサラリーマンの人に聞くと
「ライトが点灯していないからダメでしょう」
とのこと。押してみると確かに開かなかった。
なぜ開かないんだろう。困る。ここで煮えた乗客が催涙スプレーとか持ち出したらどうするんだ。
すると車内に異変が起こって、数人がどんどん進行方向逆側に歩き始める。
なんでも後ろの車両からドアを開けて言っているらしい。
ぼくたちも従って、車内大行進になった。
外に出る。
「京浜急行で振替輸送を行っております!」
と係員。
「京浜東北も止まってるの!?」
と聞くと
「ハイ、運転を見合わせております!」
そこに東京方面行きの京浜東北がひとつ階段挟んで向こうのホームに滑り込む。
ウソはいかんよ兄ちゃん!
まあ情報が錯綜してたのかもしれないけど、あぶないところだった。
京浜急行の駅まですごく歩くところだった。

ホームの中側にはビニールシートの結界が出来ていて、何らかの人身の処理をしているところだった。
そういえば先日も帰宅中に人身事故の影響を受けた。
最近多い。
みんながんばれよ。
しかし、自殺って人に迷惑掛けるね。
これ、何らかの迷惑掛けずにノーブルに死なせてやる施設というのを酒飲み話でたまに検討するが、運用上は大変だろうなあー。
ていうか、他人事だから安易に言うんだけど、死んだ気で生きてみたらどうだろうか。
3億円焦げ付かせても普通に債権者集めてパーティやってる人もいれば、30万の手形が落ちないで死ぬ人もいる。
気の持ちようだと思うんだけどなあ・・・。
とりあえず電車に飛び込むその勇気があればどんな債権者の前にも飛び込めると思うのだが。
書いていて思うが我ながら陳腐な論である。

京浜東北に入るとみんな狂ったように携帯メールを打っている。
そりゃそうだ。
「優先席の前では電源をお切りください! 車内マナーにご協力ください!」
と狂ったようにアナウンスしている。
これ、意味あるのだろうか。
そもそも、ペースメーカーを携帯電話の電波が乱して心臓病の人が死ぬとか言って始めた規制だと思うのだが、仮にそうだとしたら本当に電源を切らないと行けないが、みんないちいち切っているだろうか。
なかなか現実的に電源は切れないと思う。メールが届かなくなるからだ。
で、携帯電話は電源をつけているだけで、通話もメールもしてない状態でもガンガン電波を出している。
一番出しているのが基地局を見失った瞬間で、どこかに基地局がないか電波を出して探す。
これを業界用語で「吹く」というそうだ。
ということで優先席の周りでも、たぶんバッグの中で多くの携帯が吹きまくっている。
そして「マナーにご協力ください!」と係員が電気を使い、CO2の排出量を増やして呼びかけているわけである。
マナーってなんだろう。

山手線内に入って京浜東北の停車時間が長いのに気づいた。
アナウンスによると遅延の影響で電車が詰まっているらしい。
田町で追いついた山手線へ京浜東北から大移動が起こっているので便乗した。

秋葉原には少し遅れて付いたが、都会のジャングルを集団で移動する動物になったようで楽しかった。
ということで、
(1) キャッシュカードを4枚中3枚落とし
(2) 乗ってる電車が人身事故に合って閉じ込められ
(3) インフルエンザに罹った
先週の金曜から土曜であった。
ちょっと神社に行ってくる。

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ベタ2

119.jpg

昨日に続けてベタだが銀行のキャッシュカードを落とした。
なんかすっかりいわゆる日記ブログになっている。
でもそれもいいような気がしてきた。
こんなパターンの不幸事があった、と淡々と記録することが誰かの参考や慰めになることもあるであろう。

前にも書いたが、銀行のキャッシュカードを4枚持っている。
給料を入れて、公共料金を払う用の三菱東京UFJ銀行(名前が長い。縮めて欲しい)。
MMF貯金と、銀行間振込用の新生銀行。
小銭預金と、フォスタープラン送金用のゆうちょ銀行。
普段使い用と、VISAデビット用のスルガ銀行。
以上である。

落としたときは、当然ではあるが自覚がなかった。
発覚したのは金曜日の午後5時である。
スルガ銀行から電話があった。
全然利用した覚えがないコンビニのレジにキャッシュカードが届いているらしい。
確かに会社のそばのコンビニではあり、その前を今朝歩いて通貸した。
「じゃあすぐに取りに行く」
というと、金融機関以外だから引き取りはできない、という。
どうするのかというと、銀行から返信用封筒をコンビニに郵送し、それを銀行に返送してもらうから、それを改めて銀行に取りに来いと言う。
金曜日というのは3連休前の1月9日である。
「じゃその間銀行使えないの」
と聞くと
「その間銀行に行かれるご都合はございますか」
「そりゃ生きてりゃお金ぐらい使うからね」
もう少し押せばなんとかなりそうだったが、その日遊びに行く予定ではあったし、他の銀行にもお金はあるので、VISAデビットとインターネットバンキングが有効ということだけ確かめて電話を切った。

それから財布を調べたら、スルガ、三東U(略してみた)、ゆうちょの3枚がない。
新生だけ1枚ある。
新生にもわずかにお金が残っていた。

金曜の夜は遊んで、身を持ち崩して寝た。

土曜の朝に三東Uに電話してカードを止めた。
残高を調べて引き出しは行われていなかった。
(というかほとんど残金はなかった)
インターネットバンキングは有効とのこと。
再発行の手続きを聞くと
「免許証かパスポートをお持ちいただきまして・・・」
と無神経に言う。こういう人多いね。
「健康保険証じゃダメなんですか」
というと「写真つきでないと困るのですが、免許証かパスポートはお持ちではないんですか」
「ないから言ってるんだけど」
「そうでございますか・・・それではしばらく」
と言っていい音楽を聞かせようとしたのですかさず
「写真つき住基カードじゃダメですか」
と言うと
「あっそれで結構でございます」
だって。
「アイドルのファンクラブイベント」に参加するために写真つき身分証明書が必要なので、ほとんど何の使い道もない写真付き住基カードを持っているのだが、これがたまに役に立つ。
ぼくは住基カードに反対する市民なんとかグループに登録していて、カンパもしているのだが。
ちなみに土曜空いている銀行はどこにもなく、空くのは来週火曜(今日、1月13日)の9時から15時だと言う。
調べてみたがぼくの行動圏に有人支店がまったくない。
何らかの休みを取らないと再発行手続きが行えないのだ。
ぼくは相当便利なビルに会社がある方なのだが。
経済学者のモリナガさんが日本の銀行はもう貧乏人に儲からない普通預金サーヴィスをするのをやめたと言っていたがこういうことか。

ゆうちょ銀行に電話してカードを止めた。
ところがゆうちょ銀行では残高も把握していなかった。
相当粘ったがわからなかった。
ここには小銭を入れるだけなのでわずかしか入っていないはず。
フォスタープランからの引き落としが滞ると困るのだが。

しかし新生のカードが財布にへばりついていてよかった。
財布の同じポケットに他の3枚と同時に入れていたはずなのだが。
FXを売ったお金が残っていて(しかしいろいろやってるね)これで今月はしのげることになった。

連休中にインフルエンザを発症し、熱が下がるとともに咳痰が出てきたので病院に行くことにした。
昼過ぎに起きたので大学病院に電話してみると
「本来の受付は午前11時に終了しているのだが、診てもらえるかどうか先生に聞いてみる」という。
いろいろ知らなきゃいけないことが世の中多いのね。

「診てはくれるけど順番待ちで17時過ぎになる」
という。
「じゃあ17時頃いけばいいか」
というと
「それはできない。今すぐ来て手続きだけ済ませ」
という。
病院って病人に全然優しくねえよ。
何のための電話だよ。
でもファイトがなかったのでここは素直に受付に出かけた。
日光が目にしみる。
寝すぎで体がバリバリになっていて痛い。
でも無理して起きてよかったような気がする。

病院で受付。13時半。
診てもらうの17時って聞いたんですけど
「そうですね」
いったん家に帰っていいですか
「まず検査があるかドクターに聞くのでしばらくお待ちください」
レントゲン写真を取られた。
16時ごろに戻ってこいだそうです。

思わず平日に時間が出来たので、この近所にある三東Uの(この略称入力しにくいな)支店に言ってみた。
この時点で14時55分を回っていた。
病院て時間経つの速いなあ。

番号札を取って座って待つと、銀行のシャッターが閉まり始める。
おばさんのOLが「順番待ちが5番目になっておりますが、かなりお時間掛かってしまいますが、よろしいですか」と言う。
番号によると次の順番だから待つよ
というと
「オホホホ」
と言って去って行った。
これ、明らかに残業時間を減らすためにウソを付いて待ち行列を減らそうとしているのだ。
貸し剥がしならぬ待ち剥がしだ。
イヤなものを見た。
結局ほどなく順番が来て、20分ほどで手続き終了。
狂ったようにいろんなものを自動引き落としにするので、届け印を持ち歩いていてよかった。
カードの再発行にどれぐらい掛かるか聞くと、1週間から10日とのこと。
給料日に間に合いますかね~
「25日でございますよね」
曜日のめぐりで23だから~
「うーん微妙ですね」
これ、給料日にもらえないと困っちゃうから、じゃあ20日ごろにまだ来ないと連絡すればいいですか
「そうですね、21日ごろに」
お名刺いただけますか
「ではここに直通の電話番号を書きますのでこちらに・・・」

テイクアウトの寿司(アメリカ英語では to go、イギリス英語では take away と言うそう)を買って帰り、渡辺なんとかさんが自民党を離党というニュースを見ながら食べて、汗みずくのTシャツを着替えて病院に戻る。
肺炎ではないのであまり薬は出せないんですが、といいながら結構いろいろ薬を出される。

家に帰り、薬を飲んでいい調子で寝ていると、電話が掛かってくる。
18時。
「三東U銀行xx支店のものですが、キャッシュカードを落とされましたか」
はあ
このxx支店というのは奇しくもカードを作った支店。
まあ、カードに書いてある電話番号を見てコンビニの人が電話してくれたんだから当たり前か。
「xxxxのコンビニのレジに届いているそうでございまして」
金曜日にスルガ銀行のカードが届いたレジである。
「さきほどカードを取りに行きまして、今xx支店にございますので、では明日以降身分証を持ってご来店・・・」
いや、そのカードを落としたのは連休前の金曜日に把握していて、もうカードを止めて、さっき再発行手続きをしたんだけど
「ああそうですか~」
だから、そのカードを取りに行く前にその再発行手続きを中止・・・
「いや、もうその手続きは中止できませんので、ではこのカードはこのまま破棄いたします」
電話が切れた。

まとめると
・三東U銀行でカードを止めても、カードを作った支店にはそのカードを落としたとぼくが言っているという情報は行かない
・三東U銀行でカード再発行手続きを取っても、カードを作った支店にはその情報は行かない
・三東U銀行でカード再発行手続きを取ると、その直後に(今回は直前、いや、かなり前(たぶん連休中))発見されてもそのカードはもう使えない

今回の場合、土曜日にぼくがカードを落として困っているという情報がxx支店に言っていれば、そしてカードを拾得してくれたコンビニからの情報(たぶん土曜日か日曜日か月曜日)をxx支店で、どうせ休日もだれか作業している人が反応してくれていれば、月曜の朝イチに電話をくれるか、月曜の3時前にぼくが自宅近くの支店で再発行手続きを取ったときに口頭で、そのカードはxx支店に届いてますから明日以降取りに行ってくださいねで済んだはずである。

銀行と言えばオンラインの権化、コンピューターとネットワークの固まり、未来企業というイメージがあるが、そういうのは勤めてる人がラクをするためにやっているんで、客のためには全然情報がキビキビ共有されていなくて、実際には未来企業ブラジル状態だと言うことがよく分かった。

これから給料日前ギリギリに配達記録郵便が届いて・・・どうせ一人暮らしだから不在通知が届いて郵便局に行って・・・。

今思えばおばはんOLのニセの忠告を聞いて今日紛失届を出さなきゃよかったのね。
素直じゃないと損するね。

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ベタ

ベタにインフルエンザに罹った。
風邪気味だな~と思って総合感冒薬を飲んでたんだけど熱が下がらない。
布団にはいったんだけどどんどん熱が下がって震えがとまらない。
これはと思って歩いて近所の大学病院に行った。
土曜日の23時。

受付が「髪結いの女房」形式の禿頭のオッサンで
「電話なさいましたか」
「いえ、してません~」
「どうされましたか」
「熱が出て・・・どんどん熱が上がるので来ました」
「何度ですか」
「家に体温計がないからわからない」
「ちょっとお待ちください」
なにやらパソコンを1本指で打っている。

そのうち若い女の人が出てきて
「電話なさいましたか」
「さっきその人に言ったけどしてません~」
「熱は何度ですか」
「家に体温計がないからわからない」
「ちょっとお待ちください」

向こうで、若い女の人がオッサンに
「過去に来たかどうか検索して・・・罹り付け医かどうか聞いて・・・頭痛か腹痛があるかも聞いて・・・」
とか言ってるけど、オッサンはまんじりともしないで趣味のパソコンを? ボツン・・・ポツンと打っている。
窓口に近づいて
「・去年腹痛で1回着ました。・罹り付け医ではありません。・頭痛も腹痛もありません」
と言った。
オッサンは下をむいて
「ハイ・・・」
とか言っている。

で、電話して、俺が書いたペーパーの内容を伝えている
「現在飲んでいる薬は・・・なんかいろいろ書いてるんですが・・・」
なんかいろいろってなんだよ。

結局すぐに空いてる先生がいなく、2時間待ちということ。
「じゃあ2時間待ちます。」
といって暗闇の待合室の中で待つ。
「あのう、熱は何度かわからないんですか」
「さっきから何回も言ってるんですが、家に体温計がなくてまだ計ってないんです。ここ病院でしょう。体温計貸してくれたら計りますよ」

それからほどなくして(2時間は大げさで、1時間もかからなかったと思う)診察してもらえた。
インフルエンザの検査。
鼻にコヨリの親玉みたいなのをつっこむ。
「ハイ、痛いよ、痛いね・・・もうちょっとだからね、もう終わるよ」
ぼくは必死で左手を右手でつねって耐えた。

それからさらに1時間ぐらい待って、結局インフルエンザとのこと。
タミフルを処方された。
tamiful.jpg

あと解熱剤。
翌朝には熱が下がった。

救急病院に行って正解だったと思う。
普通の風邪薬全然効かなかったからな。
しかし受付の人はどうかした方がいい。

テーマ : 新型インフルエンザ - ジャンル : 心と身体

GTDのプラットフォーム

システム手帳を使ったGTDであるが、やはりミニ6穴では限界があるのでバイブルサイズに移行を考え中。

なお、GTDは、少なくともデイヴィッド・アレンはシステム手帳を使うべきだとは言っていない(使ってもいいとは言っている)。アレンが提供するのはあくまで考え方で、実装は各人にゆだねられている。




アレン自身の実装は、(あくまで最もありがちな例として)GTDを回すのは大量のA4の紙と、整理されていない未決の書類そのものを、トレイやファイル・キャビネットを使って処理することを念頭に入れて説明しているようだ。アレンの本業が数多くの企業の重役を中心とした人々のコンサルティングということなのでそうなるだろうし、多くのデスクワークをしている人はそれが一番プラクティカルという気がする。

ただ、アレンはプライベートなイシューとパブリックなイシューを両方GTDで管理しろと言っている。また、自宅や移動中も同じ作業ができるような環境を整えるべきだとも言っている。上の例だと、自宅にもA4の紙、トレイ、ファイル・キャビネットを中心としたシステムを構築すべきということだろう。また移動中はファイルを入れるフォルダと、A4の紙を持っておけばよい。つまり、A4の紙ベースの場合、GTDの管理システムは会社、自宅、移動中の3つに分離するし、してもかまわないということだろう。というのは、その場でできるのはその場でできることだけだからだ。
A4の紙ベースのGTDの場合、「この書類を処理する」というタスクは、その書類自身がそのタスクを示す(よって起票の必要がない)ということで、合理的に思える。多くの書類の決裁が仕事の中心である場合は、その方がよいだろう。ちなみにこれはぼくには当てはまらない。

一方、システム手帳ベースのGTDの場合は、システム手帳に「xx書類を決裁すること」というタスクを、A4の書類とは別に用意する必要がある。しかし「牛乳を買いに行く」というタスクの場合は、A4の紙ベースであってもA4の紙に起票する必要がある。書類の決裁が仕事の中心でない場合や、作業が自宅、会社、移動中に均等に発生したり処理の必要があったりする場合は、システム手帳ベースがいいような気がする。

一方、電子メールの返事が仕事の大半を占める人の場合は、電子メールシステムでGTDを一元化したいと思うかもしれない。事実GmailでGTDを回している人も多いようだ。「牛乳を買いに行く」みたいな自分発信で自分が作業するタスクの場合自分にメールを書く。ただし、Gmail自身タスク管理機能を持ったようだ。これはまだ試していない。

メール、電子原稿、プログラムなど、多くの電子データを持っていて、作業の大半がパソコンに向かって行う場合は、電子ベースのプラットフォーム、Outlookやグループウェア、ThinkingRockなどのタスクツール、RTMのようなWebベースのツールを使うのが便利だろう。なにしろキーボードで打ち込むのは手書きより速いしキレイに打ち込めるし、検索や並べ替えも出来てバックアップもカンタン。自宅と家で同じデータにアクセスすることも、Outlookやグループウェアの場合はVPNを使えばできるだろうし、ThinkingRockなどの場合はデータをDropboxなどで同期すればよい。
Gmail、RTMのようなWebベースのシステムの場合、同じデータベースに自宅、家庭からアクセスするのはグッとカンタンだ。移動中もカンタン。Gmail、RTMの場合携帯インターフェイスを持っているからだ。もちろんモバイルパソコンを使ってもよい。iPhoneもよい。

ただぼくの場合、最近は電子ベースはシステムの起動が遅いのが気になっている。自宅でパソコンを起動するのも、パソコンのあるところまで移動するのも、出先で携帯を起動してGmailやRTMのサイトに行くのも遅くて辛い。PDAやモバイルパソコンのような持ち歩き端末は出先では無理にオンラインで使わずに、会社/自宅を出る瞬間にシンクしていればいいんだよ(タスクリストを更新するのは自分だけなんだから)という意見もあるだろう。しかし特に出先で携帯やモバイル端末でアクセスする場合、オッサンだからかもしれないが字の入力が大儀である。

といったことを考えて、今はシステム手帳でのGTDを考えている。
ただし、システム手帳でのGTDは標準的と言われる大きな潮流が出来ていたり、それ用のリフィルを出しているメーカーがあったりということはまだないようだ。

また、システム手帳を使わないでロディアメモを使ったGTD+R、さらにモレスキンポケットを使ったGTD+RM、5x3情報カードを使った PoIC(これは GTD だけでなく日常のことをすべてカードに残す試み)もある。

モレスキンの綴じ手帳+ポストイットを使ったGTD、という人も何人かいるようだ。(Moleskinはモレスキンとモールスキンという読みがWeb上に混在しているがどっちが正しいのかな)
これは1日1ページのほぼ日手帳を使ってもいいだろうなー、と思って「ほぼ日手帳 GTD」で調べたら結構当たった。
どれも楽しそうである。ぼくはシステム手帳にハマっているので綴じ手帳やロディアメモ、カードに移行することはしばらくないと思うが。

いずれにしても電子ベースのGTDに比べて、手帳ベースのGTDは各人各様の方法がポコポコ発生してはいるものの、RTMやGmail、ThinkingRockのような大きな潮流は出てきていない状態のようだ。手帳ベースはやはりパーソナルな部分、手帳の大きさや紙の質感、持っているカバンなどに属する部分がすごく多いのでなかなか一本化しないのだろうか。

でも、ボトムアップのGTDとは逆の自己啓発系の手帳は、フランクリンプランナー、熊谷式☆夢手帳、Date Your Dream 夢に日付を! のように製品として出てきているので、GTD用の手帳やリフィルもそのうち出てくると思う。システム手帳にして、リフィルを(フランクリンプランナーのように独自規格ではなく)一般的にしてくれれば、ここは取り入れたい、ここは改良したいというのができるので、そういう製品が出てきてもいいと思う。1個標準的なシステムがガッとあって、最初はそれに従うのはなんといってもラクだ。あまりにもGTDの工夫に懲りすぎたり、いろんなGTDオタクのブログを読みまくったりする時間がタスクの実行をする時間を圧迫しているのもまた問題だという意見もあるようだ。

あと、1個のツールに集める必要はなくて、当然組み合わせもあるだろう。
ぼくの場合メインのプロジェクトタスクはシステム手帳で回っているが、電子メールはメールソフト内で解決したい。「だれそれへ電子メールを書く」というタスクをシステム手帳に起票することは当然したくないわけである。メールの場合は「下書き」やフォルダを使ったシステムが数年の歳月を経て構築されている。
家と会社ではRTMで移動中は紙、というのはよさそうだ。RTMは印刷インターフェイスもある。PoICの人も収集(ユビキタス・キャッチャー)はカードではなくて野帳という丈夫なノートを使っているそうだ。

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耳から情報

ALL IN ONEで英会話を聴き始めて3ヶ月になる。



ペースが遅いのだが、たぶん3月には全部終わる予定。
そしたらTOEICを受けて結果を公表してやろうと思う。
ま、どっかのおっさんの英語勉強の進捗とか何の関心事でもないと思うが。

あと最近はiPodで落語を聞いている。
マイルスに続いてブランド志向のようだがやはり「志ん生」が最高だ。



他のおじいさんとは格が違う。
息子の志ん朝というのもすごいが、やはりぼくの琴線に触れるのは親父の方。
この件は別に項を起こす。

「新潮文庫の100冊CD-ROM」というのがあって、実はこれ100冊は入っていないのだが、一部の作品は橋詰功、江守徹などの朗読が入っていてこれも素晴らしい。
朗読と言えば筒井康隆の自作の朗読もよい。
ところが、神保町の三省堂など大きな古い本屋に行くと、この手の朗読CDがゴチャマンとあって驚く。こんなに大量の小説が朗読になっていたとはー!

本は読むスピードが調節でき、つまらないところが読み飛ばしできるので、そこが良いところとよく言われるのだが、ぼくはクセで面白いところも読み飛ばしてしまってあとでわけがわからなくなるところがある。
その点朗読はよい。
一度だまされたと思って朗読のCDを聞いてみてください。
大江健三郎のとかもあるのだろうか。
あったらいい脳トレになると思うのだが。(ひどい)

アメリカだとこの手のカセットブックが普通の本なみに売れているそうだ。
車通勤が普通なので、普通の小説より読みやすいのだ。
スティーヴン・キングは自作の朗読を聴きながら、メイン州の暗い森をどこまでも、どこまでも車で飛ばして行くそうだ。
それはコワいゾー・・・。

最近は勝間さんとか神田さんとかの成功本によく「オーディオブックを聞くと成功する」と書いてあって、ネットで入手できる自己啓発本(自己啓発オーディオ)が紹介されている。
あれもいいと思うので今年試してみたい。

グッと気楽に楽しむには、ラジオというのもある。
これも面白いのを録音して聞くのがよい。
ぼくは「ナインティナインのオールナイトニッポン」、「鴻上尚史と里田まいのオトナラボ」を録音して聞いている。
ラジオを録音してmp3化するのってすごく大変じゃないかと思うが「TalkMaster」というのを使うとグッとカンタン。

これもいつか項を起こす。

ラジオといえば、タモリがやっていた番組、あと最近までくりぃむしちゅーがやっていたオールナイトがすごく面白かったのだが、どっちも終わっていて残念。

実は去年、例のあの超小型パソコンを入手してから急に視力が低下し(関係があるのかないのか分からないが)電車などで本を読んでいると目がショボショボするようになった。
通勤中に本を読んで目を壊して仕事に差し障るようだと困るので、出来るだけ目をつぶっていたいと思うようになった。
そうすると、いきおい通勤中に耳から情報を入れられるのがありがたくなってきたのだ。

耳から情報を入れるのはシーケンシャルで、わかりきったことを読み飛ばしたり、わかりにくいとことをゆっくり読んだりできないので実は効率が悪い。
ある程度腰をすえて理解したい内容はやはり本が効率的だと思う。
しかしながら、ちょっとした空き時間が使える、歩きながら聴ける、電車で目をつぶって聴ける、部屋を暗くして聞ける。
またひとつ新しい世界が開ける。
脳の違う部分を使うのもいいような気もする。

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携帯を買い換えたいが欲しい携帯が見当たらない

携帯遍歴は結構長い。

まずPHSで始めた。
DDIポケット(当時)の一番小さいのを買った。
携帯に比べて以上に小さくて気に入っていた。
これでWindowsCEとケーブルでつないで通信していた。
今思うとよくやっていた。
32Kで早いとか言っていた。

次に「Genio」にした。
わりと快適だったが、液晶がガラスで、割ってしまい、それっきり。
携帯端末はテキスト情報が主なので、こういう端末は結構使いでがあったが、今持つと信じられないぐたい重いと思う。

人間って、たとえば携帯の大きさ、重さについて、これぐらいでなければならない、という絶対的な尺度があるわけじゃなくて、そのときの最高のものがジャストサイズに感じるような気がする。
たとえばノートパソコンは、昔はMacのDuoを軽いといって持っていた。
3kgである。
いまだと考えられない。

次にNTTパーソナル(当時)に移った。
シャープの、2つ折りのキーボード部分が直接PCカードになってささるやつを買ったと思う。

でもちょくせつ文字が打ちたくてピノキオに移った。
よく買っているな!
これもやっぱ、32Kだとすぐ限界が出て手放した。

さて、いよいよPHSでは耐えられなくなって携帯にした。
最初はPDCのDoCoMoのPなんとかにしたけど、当時はものすごく音が悪くて(何らかの罰ゲームで洗面器に顔を突っ込んで話しているような声がする)すぐ手放した。

次はJ-PHONE、全面液晶のパイオニアのやつ。
これも結構楽しかった。
スカイメールとかしてたから、知り合いにもJ-PHONEがいたのね。
今思うとiPhoneの走りだ。

次にIDO(当時)のcdmaOne。
オレンジ液晶の日立のやつ。
EZWebがすぐ接続に失敗するんだけど、接続に失敗する間も課金されていてびっくりして抗議の電話をしていたら、そのうちにその課金はなくなった。

それからずっとauの気がする。
しかもここ最近は東芝端末。
なんとなくだけど、デザインが好み。

一方W-ZERO3を2個持ちしていた。
でも、やっぱあまりにも荷物が重いので考え直して廃止。
E-MOBILEのデータタイプを導入。

現在はW53Tだが、液晶がVGA欲しいのと、カメラの起動がもっと早いのが欲しくなった。
この端末異常に遅いのよ。
最近はauの音声端末をBluetooth経由でPCの無線モデムにしても料金に上限が設けられたので、そっちに移行してE-MOBILEは廃止にしようかと思っている。

一時はExlim携帯買う気マンマンだったのだが、KCP+の動作が重いと聞いたので二の足を踏んでいる。
あと、やはりノートパソコンは持ち歩かないので(起動、ネット接続までが遅い)端末でQWERTYが使えるほうがいい。

iPhoneはぜんぜん買う気だった。
J-PHONEユーザーだったし、電話でクレームするの大好きなので(ヤな大好きだなあ)ソフトバンクのいろんな評判も気にならない。
だが、やはりバッテリーの持ちの問題と、表面がガラスだということ、あとタッチパネルの仮想キーボードを店頭で試してどうにもなじめそうになかったので断念。

もっと欲しかったのがバンクのインターネットマシンという横開き、QWERTYキーボードのシャープ機だ。
遅くなってしまったので後継機を待っていたが、出ない。
あれはマゴ社長の企画だったらしい。
マゴ社長がiPhoneにヤラれてしまったので出なくなったのだろうか。
惜しい。

今考えているのはauのアンドロイド携帯と、スライド式キーボードが乗るという噂もあるiPhoneの後継機である。
インターネットマシンの後継機が出たらいますぐでも買うと思う。

まとめると
・あくまでケータイ(PHSはもうない)
・QWERTYキーボード希望
・タッチパネル希望
・高速PCモデムになる
この条件を書くと Windows Mobile 機になると思うのだが、正直、Windows Mobile 機じゃないほうがいい。
PC 用 Windows は愛用しているが、携帯端末はもっと機能を絞ってキビキビさせた方がいいと思う。
そういう意味ではインターネットマシンと iPhone は魅力的だったのだが。

ということで、買い替えはだいぶ先になりそう。
苦しい。

テーマ : お買い物 - ジャンル : ライフ

セロハン加工

父親は職人で、車で九州中の街に出かけては店舗のエクステリアをしていた。
大きな電飾や看板を作ることもあったが、面白いのがセロハン加工というもの。
パチンコ屋は風営法の関係で中を見せてはいけないので、ガラスにセロハンを貼る。
目隠しという。
普通は包装紙のような既製品をペタッと貼って終わりだが、父はここに店の名前などをおりこんだオリジナルのデザインをしていた。
どうするかというと、赤、青、黄などの原色の大判のセロハンを貼り、カッターナイフで表面を切って絵を描く。
(設計図をガラスの向こうに張ってトレースする)
で、ピッピッとセロハンを剥がして色を出す。
セロハンが多層に重なっているところは混合色で暗くなり、薄くなっているところは単色で明るくなるわけだ。
ステンドガラスのような状態になる。
これ、うちの父親がやっているのしか見たことないんだけど、もしかしたら日本でただ一人の技術だったのではないだろうか。
いまセロハン加工、ガラス、店舗装飾で検索してもヒットしない。
筒井康隆のサラリーマン時代の日記に「セロ加工」と書いていたのが同じものだろうか。
でも、少なくとも店先で、その場で、オリジナルの図柄を描いていた人は日本でもたぶん父だけか、多くても数人しかいなかったのではないか。
(有名な技術で、他にもやっている人をご存知の方はご一報くださると幸いです)
セロハンは日光で退色し、パチンコ屋は年に数回新装開店するので作品は残っていない。
子供の頃、父が商店街で仕事をしていたのを見物していると、あちこちの店から人が出てきて、コックさんや、ブティックのきれいなお姉さんとかがものめずらしそうに見ては「すごいね!」「あんな風にやるんだね!」と口々に言っていたのを思い出す。
乳白色のセロハンを裏に貼って、絵が一気に完成するときは、「おおっ」と歓声が上がった。
30年も前のことだが、今も思い出す。

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(写真はノートルダム寺院のステンドグラス)

テーマ : 雑記 - ジャンル : その他

CD-Rハックス

cdr.jpg

17cmの円状のメディアのうち、音声なら70分程度、バイナリーなら700MB程度のデータが入るものをCD(コンパクトディスク)という。
CD-ROMとCD-R(Recordable)に分かれる。
(他に何回も書き込めるRWというのもある)

どちらも同心円に凹凸を作ってビットを作っている。
CD-ROMは銀色で、CD-Rは青い。

CD-ROM(あるいは単にCD)はアルミ箔をニッケルスタンパーという機械で型押しをする。
(ニッケルスタンパーは凹凸が逆)
よって「CDをプレスする」という。
英語では press CD だ。

CD-Rはシアニンなどの植物性色素をレーザー光線で焼いてビットを立てる。
よって「CD-Rを焼く」という。
英語では burn CD だ。
勝手に「bake CD」という英語を作っていったら笑われた。

CD-Rは、安物のメディアだと記録面を日光に照らしていると感光して読めなくなる。
よって袋やケースに入れて保存する。

表面にはタイトルや内容を書くが、必ず油性のフェルトペン(いわゆるマジック)を使う。
ボールペンなどでガリガリ書いたり、テープを貼ると記録面(アルミ箔)を傷つけてよくない。
DVDの場合表面側もプラスチックでコートされているのでそれほど神経質にならなくてよい。

1個1個ケースに個装してあるCD-Rは手軽だから良く使う。
インデックスカードが1枚入っている。
ここにタイトルや内容、場合によっては何らかの番号を書けと言うのだが、整理が行き届かないとすぐに中身とガワが一致しなくなってしまう。

ぼくはこんな半端なカードは捨ててしまう。
というのは、どうせディスクにタイトルを書くからだ。
ケースが透けて見えるので、ディスクが見える。
これでガワと内容が一致しなくなることはなくなる。

最近はこのカードは取っておいてレシートをホチキス止めする台紙に使っている。
なんかおばあちゃんのブログみたいね。

テーマ : 実用・役に立つ話 - ジャンル : 趣味・実用

明日地球が滅ぶとしたら何をしますか

さいきん流行っているブログというものをやって、狂ったようにアマゾンのアフィリエイトのリンクを張っているのだが、ぼくのおすすめは絶版ばっかりであまり意味がないような気がする。
でもこんな映画がDVD化してないなんて!
シットコムの名作である。



しかし映画の紹介とか小説の紹介って難しいな。
設定自体がネタになっているので、一言でも紹介してはいけないような気がする。

ということであまり関係のない話を書く。

「明日地球が滅ぶとしたら何をしますか」
という言い方がある。

以前ホイチョイプロのマンガ(「東京いい店やれる店」?)で、「もし明日地球が滅ぶとしたらぼくはこの店に来て寿司を食べる」と東京のとある老舗で言っていたら、カウンターの向こうから職人さんが「お客さんすみません、その日はさすがに休みにさせてください」と言ったそうだ。

実際、翌日地球が滅ぶとしたら、悪あがきして宇宙船の奪い合いになったり、自暴自棄になって暴力を振るいまくったり、わけがわからなくなったりする人だらけで、落ち着いて考え抜いたことをするゆとりは全然ないと思う。
というか、前の日あたりは何らかの前兆現象が起こっていて、ぼくなんかこらえ性がないほうだから巻き込まれて死んでいるか昏睡状態になっている可能性が高い。
仮にもしそういったことがまったくなかったら、あまりの何も起こらなさに明日地球が滅ぶとはどうしても信じられなくて信じる派の人と果てしない口論をしていると思う。あるいは地球が滅ぶ原因はなにか、どうすれば滅びずに済むか悪あがきする科学者のグループが世界中に出来ているからその一員に加わって、ああでもないこうでもないと議論をしていると思う。要するに何らかの口争いの最中に途中に無為に死んでいくと思うが、死ねばそれまでだからそれでいいと思う。

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逆フェチ

いつごろからか、S、Mとか、フェチとか普通の会話に出てくるようになった。
いまだに違和感がある。
最近は居酒屋で若い女性が「血液型ナニガター?」というノリで「ナニフェチー?」とか聞き合っているが、あれはどうかと思う。
以前回りを森で囲まれたアパートに住んでいる人がいて「私みどりフェチなの。」と言っていてこれはちょっと笑ってしまった。

さて、フェチの反対語はなんというのだろうか、これはちょっとヤダというの。
フォビア(恐怖症)というのが近いかもしれないが、ちょっと違うかもしれない。
まあフェチも本来の意味と離れてるからいいのか。
ここでは便宜上逆フェチと呼ぶことにする。
「なぜか妙にイヤなこと」ぐらいの意味である。

ぼくの逆フェチは「味噌汁を飲む」という物言いである。
「スープを飲む」とか「豚汁を飲む」とかいう。
あれが逆フェチだ。
背中に粟が立つ。
別に間違った物言いでも、品のない物言いでもないと思う。
普通にエラい人が言っていた。
結構ゾワッと来るのだが私だけですか。

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それで思い出したけど「だいたひかる」さんの公式ページがブログだけになっていた。
以前JAVAだかFlashだったかでダジャレをやってたのが面白かったんだけどどこに行ったのだろうか。

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電話連絡のメール化



上の本は奇妙な読後感の本だった。
ITプロパーじゃない人が書いたIT本はそういう本が多いが、微妙に味わいがヘンである。
あと普段からパソコンを商売にしている人はそれほど得るものがないと思った。

にもかかわらず、結構面白かった。
パソコンをいまいち使いこなせていないなあという悩みがある人は読む価値があると思う。
また逆にITでバリバリ商売をしている人は「世間の人はこんなことをパソコンに期待しているのか~」という意味で勉強になると思う。

しかしハードディスクのことをHDと略記するのは違和感が残った。
HDDが普通である。HDというと昔はVHSテープの高級品のことだったが、最近はいわゆるハイヴィジョンのことになる。

さて、この本の中で、すべての連絡はEメールにして欲しい、好きな時間に返信できるし、検索できるし、記録が残るし、いいことずくめだ、好きな時間に電話してきたりする人は無神経だと書かれていて、これはよく言われることだがやはり共感できた。
著者のようにITプロパーではなく、しかしパソコンを活用しているからこその強い実感なのであろう。

さて、ぼくは、大事な用を電話で連絡されたり立ち話で伝えられたりすると、議事録(minute)をメール化して送っている。
「さきほどは口頭で(電話で)お世話になりました。ooはooということですね。xxの件は何日何時までにxxにお持ちするとのこと、了承しました」
と書いて送ってしまう。
もちろん正しい題名を付けておく。

これが効く。
そのことについて問い合わせを起こしたいときもそのメールに返信すればいいし、人にフォーワードするのもカンタンである。
なにしろ何日何時に連絡を受けたか証拠が残るのがよい。

重要な用件を電話でしてくる大雑把な人のために、わざわざこちらが時間を割いてメールを起こすのは業腹でないかという意見もあろう。
ぼくは気にならない。
「さっきの電話をメールしてくれませんか」などと言って一悶着起こすより、明らかにこっちがメールを書いてしまったほうが的確で簡潔な内容を短い時間で書ける。
ものごとは出来る方がやった方がいいのだ。

かえってイヤミではないか、と気にされるかもしれないが、言った言わないで事故が起こるよりマシである。
将来の大きな失礼を防ぐために小さなイヤミを支払うだけのことだ。
あと何回かやっているとそういう人だと認識されて大して気にされなくなる。

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ニュースに「つかみ」は不要だろう

ニュース番組で、ニュースの最初に「犯人は母親でした」とか唐突にしゃべり始める。
エッと思って聞いてみると、その次に「先日xx市で起こった幼児遺棄致死事件で」とか本題を話し始める。
本来の情報はそっちの方だ。
視聴者を惹きつける、一種のトリックである。
ニュース番組を見ている時点でニュースを見たいと思って見ているわけで、あれは結構イライラする。
分野=>地名=>時刻=>主語=>述語という普通の順番で読み上げてくれないとイライラする。
ニュースは関心があるのと関心がないのがあるので、関心がないニュースまで変に引っ掛かるような言い方をされるとイライラするのである。
一番ひどいのがNHKの夜7時のニュースである。
NHKは別に扇情的に視聴者を惹きつける必要はないと思うが、なぜかこれを狂ったように励行している。
やめて欲しい。
上の事件とか関係者は結構イラッとすると思うよ。
NHKのニュースなんて、日本語で話をするときの模範みたいな地位を自ら任じてしかるべきではないだろうか。
こういうしゃべり方が研究発表や会社のプレゼンで流行りだしたらどうする気だ。ないか。

先日驚いたのが「今度は一転およめさん候補です」というのがあった。
札幌の動物園でずっと「ツヨシ」という名前で育てられていて、釧路動物園にお婿さんとして入る予定だった白熊が、実はメスで、今度は天王寺動物園に嫁入りすることになった、というニュースだった。
この「今度は一転およめさん候補です」というの「つかみ」としてもヘタだと思うのだがどうか。

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Photo by (c)Tomo.Yun

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嫌煙者から:JRの駅は禁煙にするな

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首都圏のJRの駅が全面禁煙だそうだ。困る。ぼく自身は人並みに嫌煙な方なのだが、JRの駅とか、路上とか禁煙にする必要はないと思う。基本的に上は空である。煙が漂ってきたら避ければよい。ポイ捨ての吸殻が、と言う話だが、あれは植物性素材だからほっておくと腐敗して溶けてなくなるのではないか。コンビニの袋よりタチがいいと思う。ていうか灰皿を設置すればいい話である。灰皿を置くコストをケチってモラルの問題にしている。

なぜこんなコントラヴァーシャルなことをわざわざ書くかというと、もっと禁煙にして欲しい場所があるからだ。それは小さな飲食店、具体的に言うとラーメン屋と寿司屋と蕎麦屋である。

特にラーメン屋というのは基本的にカウンターだし、吸い込んで食べるものなので本当に困る。しかしさいきん、店に駆けつけて灰皿が置いてあるのを見るや、思いつめたようにスパスパ始める人が多い。以前より多いのだ。これは明らかに路上禁煙や駅構内禁煙の影響だ。あとビルのエントランスの前で吸ってる人とか、コンビニのゴミ箱の横で吸っている人とか、吸わないこっちから見てもかわいそうな気がする。他の場所でいぶり出された人が(ケムリを出しているのにいぶりだされるのはおかしいが)最も吸って欲しくない場所で吸っているわけである。ではなぜ中小飲食店は禁煙にしないかというと、客商売だから、そして経済的に弱いから出来ないのである。JRの駅や道路は利用しないわけに行かないから、どんどんモラルの美名の下に禁煙にする。その結果弱い場所にしわ寄せが行く。弱いものいじめである。こういう事情を思うと、煙いなと思っても一概に店の人に文句を言うのもはばかられる。言うんだけど。

年末になるとよく路上で縁起物を売っているが「ヤクザの資金源になるから買わないでください」と町内の掲示板に張り紙が貼ってある。しかし、縁起物ぐらい売らせてやってもいいのではないか。なにしろ縁起物である。ヤクザは古来土地の守り神であった。別に押し売りをしているのでなければ、売らせておけばよい。これを表面的に道徳で罰したら、地下に潜って、覚醒剤を売ったりしてもっと悪いことになるのではないか。

そもそも人間とは(ちょっと大きく出過ぎだが)一定量何らかの不道徳を犯さずにはいられない存在なのではないか。その人間の悪の心自体を本気で憎んで、抜本的に消し去ろうとするのであればまだ立派だが、そうではなくて単純に表面的に、罰しやすいところ、ドーデモいいところで罰して、もっと迷惑が掛かる場所にわざわざ追い込んでいる。これはよくない。

そういえばぼく自身、いぜん秋葉原でちっちゃなちっちゃなナイフを持っていて検非違使に絡まれたことがあった。これは大ネタなので項を改めて書く。

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